渡邊大門(歴史学者)

 新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言だけでなく、都道府県の移動自粛要請も解除され、日常が戻りつつある。だが、第2波の恐れもあるだけに、イベントなどの中止が相次ぎ、自宅にいることも多いだろう。せっかくなので、読者の皆さんには、ぜひこの機会に歴史の本をひも解いていただきたいと思う。

 私は日本史(主に中世史)の本を書いたり、講演したりすることで生活の糧を得ているが、受講生(主にご老人)と接していつも気になることがある。

 講演の終了後、ときどき聴講したご老人が声をかけてくださる。しかし、その手にはしっかりトンデモ戦国歴史本(以下「トンデモ本」と省略)が手に握られており、「先生!この本を読まれましたか!目から鱗です!勉強になりました!」と同意を求めてくる。私は顔面を硬直させて、「へえー!そうですか!」と言葉を濁しつつ、会場をあとにする。こういうことが、いったい何回あっただろうか…。

 そもそもトンデモ本とは、いったいどんな本なのだろうか。私なりに定義すると、次のようになろう。


①歴史研究を本格的にしたことがない人が書いた、戦国時代に関するデタラメな本

②先行研究や史料に基づき実証的に書いていない、戦国時代に関するデタラメな本

③根拠もないのに意図的におもしろおかしく書いた、戦国時代に関するデタラメな本

 ただし、これでは説明が荒っぽいので、もう少し補足が必要だろう。順に説明することにしよう。

 ①については、大学や大学院で歴史を勉強することが最もオーソドックスだが、なにも限定する必要はないだろう。大学や大学院で歴史を学ばずとも、独学あるいは私淑する歴史家から指導を受け、優れた研究業績を残した人は多い。したがって、学歴で判断するのではなく、正しい方法で歴史研究を行った経験があるかないかが問題となる。

 ②は①と関連するが、歴史研究の方法を取得しているかが問題である。歴史研究の手法としては、少なくとも実証主義が求められる。実証主義では先行研究を整理してプライオリティーを確認し、自分が証明したいことを史料に拠って裏付ける。むろん、史料ならば何でもいいというわけではなく、用いる史料の批判を十分に行い、その史料が証拠としての価値を持つのか確認することが必要だ。
※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)
 つまり、歴史研究とは学歴を別として、少なくとも正しい研究方法を身に付けていることが指標となる。とはいえ、歴史研究は人間のすることなので、さまざまなミスが生じるのは仕方がない。一流と言われる歴史家でも、史料の誤読やケアレスミスなどをしてしまう。そういうミスは、トンデモ本ではないことを付記しておきたい。