2020年06月20日 13:49 公開

ジョシュア・チータム、BBCニュース

自分が新型コロナウイルスに感染していると分かった時、アメリカの先住民ナヴァホのヴァレンティーナ・ブラックホースさんは携帯電話で姉妹に、心配しないようにとメッセージを送った。

ミス・コンテストで優勝経験のあるヴァレンティーナさんは、ナヴァホの伝統を愛していること、他人を助ける情熱、そしてユーモア豊かな性格で知られていた。1歳半の娘ポエットちゃんを溺愛し、政府職員として働き、ナヴァホ・ネイション(先住民の準自治領)の大統領になることを夢見ていた。

新型コロナウイルスがナヴァホ・ネイションまで到達した時、ヴァレンティーナさんは家族に家の中にとどまり、感染対策をするよう呼びかけた。しかし数週間後、恋人のボビーさんが体調を崩したため、ヴァレンティーナさんはアリゾナ州モニュメント・ヴァリーに近いカエンタという小さな町で、恋人の看病に当たった。

ヴァレンティーナさんには関節リウマチの持病がある。しかし、それとは違う関節の痛みをすぐに感じるようになり、呼吸もしづらくなった。新型ウイルスの検査を受けると、1週間後に心配していた通りの結果が出た。

呼吸が悪化したため、ボビーさんは急ぎヴァレンティーナさんを診療所に連れて行った。その数時間後に彼女は亡くなった。28歳だった。

姉妹のヴァニエルさんは、「ヴァレンティーナはこれまでたくさんのことを克服してきた。今回も回復すると思っていたのに」と話した。


ナヴァホ・ネイションで新型ウイルスの犠牲になった人の中でも、ヴァレンティーナさんは若い方だ。ナヴァホは今、アメリカ史上最悪のアウトブレイク(大流行)と戦っている。

最初にネイション内で感染者が報告されたのは3月15日。それ以降、人口比の感染率はアメリカのどの州と比べても高い。

6月14日時点までに確認された感染者は6611人。死者は300人以上に上り、15州の死者数より多い。

ナヴァホ・ネイションは、アメリカ先住民の準自治領としては広さ、人口共に最大だ。ユタ州、アリゾナ州、ニューメキシコ州の砂漠や渓谷にまたがるネイション内には、17万3000人以上が住む。もしこのネイションが単独の州だったとすると、その広さは他の10州よりも大きい。

ナヴァホ、あるいは彼らの言葉でディネと呼ばれるこの民族は、この地域に数百年前から住んでいる。しかし、ナヴァホ・ネイションはアメリカによって作られた。

アメリカは領土拡大に伴って何千人ものナヴァホを従来の土地から追い出した後、一定の自治を認める地域を指定した。この地域への居住を承諾する見返りとして連邦政府は、教育や保健といった公共サービスについて補助金を出すことを約束した。

ナヴァホはアメリカの発展に大きく貢献してきた。おそらく最も有名なのは、第2次世界大戦中の暗号だ。ナヴァホの兵士が母語から暗号を開発し、アメリカ軍の通信の機密性を確保した。

しかし新型コロナウイルスがネイション中に広がる中、ナヴァホの暮らしに影響し続ける社会的・経済的不平等が浮き彫りになった。ひとつひとつの問題が互いに影響しあい、アウトブレイクを悪化させたのだ。

ヴァニエルさんは、「私たちにもっと色々なものがあれば、ヴァレンティーナはまだ生きていたかもしれない」と話した。


ネイションでは多くの住民が金銭に困っている。ネイション内の失業率は約40%で、年収1万2760ドル(約136万)以下の貧困ラインで暮らす人たちの割合も同じくらいだという。

こうした要因がナヴァホの健康問題を悪化させる。人口の3分の1が糖尿病や心臓疾患、肺の病気などを患っている。中には、砂漠のあちこちに放棄されたウラン鉱山の放射線に何年もさらされ、体調を崩す人もいる。

健康な食品をなかなか手に入れられない現状も、こうした状況に一役買っている。ナヴァホ・ネイションでは7万1000平方キロメートルの広さの中に、食料品店がたった13軒しかない。もっと充実した店舗で買い物をするには、何時間も運転してネイションの外へ行かなくてはならない。ガソリン代が払えないため、複数の家族が自動車1台に乗り合い、買出しに行くのが当たり前の光景だが、これも感染リスクを悪化させる。


さらに、保健サービスの不足が救援活動を妨げている。ネイション内に12カ所ある医療施設には、ベッドが総計200床しかない。住民900人につき1床という計算になり、アメリカ全体の平均値の3割に過ぎない。その結果、新型ウイルス患者はその場しのぎの隔離施設に運ばれたり、ネイション外の病院へと搬送されたりする。

多くの家庭で、数世代が一緒に暮らしているため、高齢者や基礎疾患などのある住民にもウイルスが広がりやすい。ネイションの3割の世帯には水道や電気が通っておらず、手をこまめに洗う感染対策がなかなかできない人が、何千人もいる。

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ネイション内でペットボトルの配布や水道整備を行う慈善団体「DigDeep」のエマ・ロビンスさんは、「私たちがこのネイションに入れられてからずっと、年間を通じて起きていることだ」と話した。


ロビンスさんはこのネイションで生まれた。現在は、ネイションから600キロ近く離れたカリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいるが、移動制限のために戻れないでいる。

「家族や友人のことが心配です。こうした話を聞くにつけ、帰れないことが本当につらく、絶望を感じています」

しかしこうした苦境にも関わらず、ロビンスさんは、ナヴァホのことが議論されると被害者であることが強調される現状に苛立っていると話した。

「ナヴァホ・ネイションの状況について『なんてひどい』というトーンで話すのが流行っているけれど、そういう人たちは、現地の素晴らしい取り組みや、前向きな努力を見ていないと思う」


米連邦インディアン事務局はBBCの取材に対し、新型コロナウイルスの流行を受けて「インディアンのネイションを支援するために前例のない活動」を行ったと説明。ナヴァホについては防護用品などを支給したほか、技術的な支援も行ったと話した。

ナヴァホ・ネイションはこのほか、パンデミックを受けた2兆ドルの経済刺激策から、6億ドルを受け取っている。しかし、自治体が資金を手に入れたのは法律施行から1カ月後のことだった。ナヴァホを含む10民族はこの間に、アメリカ先住民への補助金遅延について財務省を訴え、勝訴している。

政府の補助金が遅れる間、ナヴァホ・ネイションはアウトブレイク初期の大事な数週間を寄付や自己資金に頼っていた。同ネイションのジョナサン・ネズ大統領は地元住民へ食料や医療品を流通させるネットワークを構築したほか、週末には57時間の外出禁止令を敷くなど、アメリカ国内でも最も厳しい部類に入るロックダウンを行った。

地元住民もこうした支援に協力した。ナヴァホで過去に司法長官を務めたエセル・ブランチさんが始めたクラウドファンディングは470万ドル以上を集めた。また不思議な縁から、アイルランドから何千ドルもの寄付が送られてきた。これは1847年、アイルランドで大飢饉(ききん)が起きたときに170ドルを寄付したチョクトーミニ族への敬意の表れだという。ブランチさんはボランティアの協力を得て、寄付金を使って食料や水、除菌ジェルなどを住民の半数以上に届けることができた。しかしこうした時にも、インフラの整備不足が障害となった。

「外界から本当に遮断されたコミュニティーがひとつあり、食料をどうやって届けようかと試行錯誤しました」

「直接行くのが一番簡単ですが、それだとずっと舗装されていない道を行くことになります。舗装されている道をたどると、1時間半も遠回りしてしまう」


言語の壁も、ナヴァホ・ネイションでのアウトブレイク対策で決め手となる要因だった。

あらゆる公のコミュニケーションと同様、ネイション内では新型ウイルスの情報をナヴァホの言語と英語で提供していた。これは文化的遺産を守りたいという意欲によるものでもあるが、ナヴァホの言葉しか話せない、あるいは英語のスキルに限界がある住民もいるという実務的な理由もある。ナヴァホでは、新型ウイルスは「Dikos Ntsaaígíí-19」と翻訳された。「大きな咳(せき)19)」という意味だ。

しかしBBCが取材した住民からは、この翻訳が新型ウイルスの脅威を過小評価する一因になったという声も聞かれた。

ナヴァホ出身で、アリゾナ州立大学の公衆衛生学科を束ねるアグネス・アッタカイさんもその1人だ。ナヴァホの伝統的な治療師の助言を元に、COVID-19のナヴァホの名前を改名すべきだと考えている。

「言葉は敬意を持って扱わなければならないし、この病気について否定的になるような事態は避けるべきです」

「言葉を尊重した上で正しく翻訳するようになれば(中略)、その言葉を使う人も、COVID-19はせきや肺炎のようなものだと思うのをやめて、自分の行動を変えようと思うようになるはずです」

しかし、ナヴァホのネズ大統領は、この翻訳が適切に新型ウイルスの危険性を表していないという意見は「不公平だ」と話した。

BBCの取材でネズ氏は、「そういう言い訳が飛び交っている」と話した。

「私たちはナヴァホの高齢者や伝統的な教えを尊重して、『死』という言葉を避け、ナヴァホの民に負担や困難を与える言葉を避けた」

近隣州がロックダウンを緩和し始める中、感染の第2波がネイションを襲うのではないかと、多くの住民が心配している。

「先が見えないことが多いですが、希望は持っています」とネズ大統領は話した。

「ナヴァホを率いるには、希望を持たずにはやっていられないので」

(英語記事 The people battling America's worst coronavirus outbreak