そもそも、ポピュリズム的手法自体が一種の嘘っぽい単純化された対立図式である。あまり真に受けて考えるのも「イケズ」なのかもしれない。

 ただ、本稿では望月記者もまた「エリート」なのだということを指摘すれば十分だろう。望月記者は、菅義偉(よしひで)官房長官の定例記者会見で執拗(しつよう)に質問を繰り返すことで著名だ。

 だが、そもそもこの記者会見に出席できるのは、記者クラブという「エリート」のメンバーがほとんどである。記者クラブ以外の出席はかなり制限されている。つまりは、記者エリートの「代表」として質問しているのである。

 政府の失敗を質(ただ)すことがジャーナリズムの仕事である、と単純に思い込んでいる人たちがいるのも事実だ。その思い込みが、暗黙のうちに「正義」の側にジャーナリストを立たせてしまっているのである。

 いわば善と悪の対立である。悪=「嘘」をつく首相と、善=「嘘を暴く」記者たち、という安易な二項対立だ。もちろん既存マスコミも十分に腐敗し、そして権威化していることを忘れてはならない。

 東京高検の黒川弘務前検事長と産経新聞記者、朝日新聞元記者との賭けマージャン問題により、マスコミと検察のズブズブな関係が明るみに出た。最近では、河井克行元法相と河井案里参院議員夫妻の逮捕劇が、なぜか先行してマスコミにリークされていたこともある。これもまた検察とマスコミのズブズブな関係を暗示させるものだ。
菅義偉官房長官の記者会見で挙手する東京新聞の望月衣塑子記者(手前)=2020年2月
菅義偉官房長官の記者会見で挙手する東京新聞の望月衣塑子記者(手前)=2020年2月
 ひょっとしたら、検察庁法改正問題から河井夫妻の逮捕劇まで、マスコミと検察の「共作」ではないか、と疑問を抱いたりもする。それだけ情報が検察とマスコミとの間で共有されているようにも思えてくるのだ。

 もちろん望月記者は、河井夫妻の逮捕劇を首相に結び付けようと最近も必死である。だが筆者は、検察とマスコミの国民が知ることもないズブズブな関係にこそ、問題の根があるように思えてならない。