愛国ポピュリズムには弱いエリートたち


 ここでワシントンの慰安婦デモで目撃された不思議な光景についてぜひ紹介しておきたい。慰安婦デモは当然、民間団体が組織したものだったが、その場に韓国の国会議員(与党)が登場し、安倍首相非難のプラカードを掲げていた。その国会議員が何と、外交官出身で先年、韓米FTA交渉の韓国政府首席代表だった金鍾勳氏だった。

 FTA交渉に際しては、毎日のようにその顔がマスコミに登場していた。そうした経歴と知名度を買われて与党の国会議員になったのだが、舞台裏での対米工作ならともかく、元慰安婦など反日運動団体と一緒になってデモまでしているのだ。超エリートの大使級外交官出身でも“愛国ポピュリズム(大衆迎合主義)”に弱いのだ。

 強硬な反日支援団体(挺身隊問題対策協議会=挺対協)に振り回され、解決できなくなっている慰安婦問題が象徴するように、国家的権威が弱体化している近年の韓国について筆者は“NGO国家”とよく皮肉っている。その意味でワシントンでの韓国国会議員の風景は、そうした韓国の国家状況を象徴するものとしてじつに興味深かった。

 安倍演説には、韓国が要求してやまなかった「謝罪」は含まれなかった。関連部分は「戦後の日本は先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行ないが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理とまったく変わるものではありません」となっている。日米関係は日韓関係ではない。これで十分だろう。

 韓国側で官民挙げて不満、非難が語られても、ここは日米関係の場である。日本の大方の国民世論としては、日米関係にまで韓国がシャシャリ出てきて、米国での首相の議会演説にまでイチャモンを付けられたのではたまったものではない。日本世論の反韓・嫌韓感情に新たな油を注いだことは容易に想像できる。

 後世、韓国外交史の汚点といわれるかもしれない今回の安倍演説阻止工作について、早くから批判と反対を明確にしていたメディア論調がある。唯一の批判として紹介するが、以下は『週刊朝鮮』(朝鮮日報社系、3月2-8日号)の崔埈碩植編集長が編集後記のエッセイで書いたものだ。

 「安倍政府の過去史問題に対する認識を憂慮する。日本社会の過去回帰の動きはじつに心配です。しかし韓国はこれに知恵深く対処しなければならない。一部の人びとが度を越えた行動をし、言論がいちいちラッパを吹くというやり方はよくありません。“強力に対応すべし”などと言うのはやめよう。柳成竜は『懲毖録』に“わが国は日本と平和に付き合うべきということをぜひ忘れないでほしい”と(対日外交を担当した)申叔舟が死に際し国王に伝えたと書いています。大韓海峡の波濤が高まらないことがわれわれの利益です」

 安倍首相訪米が終わったあと、韓国では韓国外交の失敗と孤立化そして危機論がしきりに語られている。これまで歴史問題にこだわりすぎたというのだ。これからは歴史と安保・経済・文化などを切り離し、後者を優先したいわゆる“ツー・トラック外交”をすべきだという。すでに指摘した日韓首脳会談早期開催論もその一環である。

 これまで韓国マスコミは慰安婦問題を押し立て、日本非難の“歴史外交”を煽ってきた。そして「安倍憎し」から日米同盟強化が韓国にとってまるでマイナスかのように歪曲、扇動を繰り返してきた。そんなマスコミが手のヒラを返したようなことを言い出したのだ。典型的な“マッチポンプ”で可笑しいが、自己批判と反省なら歓迎である。

安倍総理は悪魔か


 安倍演説に対し直後の韓国マスコミは、自らへの癒やしとして米国の親韓派議員や知識人を動員し不満と批判を語らせていたが、日韓首脳会談早期開催論をはじめその後の韓国世論の展開を見るかぎり、とりあえず安倍首相の対韓外交は勝利したことになる。

 首脳会談早期開催を主張しているなかで、米国通の代表的コラムニスト金永煥氏は「米国は(今後)韓国に対し日本との関係正常化や韓米日安保協力体制参加の圧力を強めるだろう。慰安婦や歴史問題にこれ以上こだわって日本を避けるなら、韓国は米国から孤立するだろう」と警告している(5月8日付『中央日報』)。

 そのうえで「アベは道徳的に問題のある人物だが、国益のためには悪魔とも踊りを踊らなければならない」という。安倍バッシングの韓国マスコミによって安倍首相もとうとう〝悪魔〟にされてしまった。余談的だが、これなど朴槿惠大統領に対する『産経新聞』の名誉毀損告訴事件を考えれば、韓国流では告訴モノではなかろうか。

 米国で「アベに謝罪させる」ことに失敗した韓国は、六月中旬には朴槿惠大統領が訪米することになっている。韓国にとってはいわば日本を強く意識した雪辱戦である。「日本寄りになった米国を韓国に引き戻す」「日本よりもっと多くの成果を」と早くも政府はマスコミ世論からシリを叩かれているが、一方では「大統領の訪米は“過去史外交戦”の舞台ではない」(5月16日付『朝鮮日報』)とか「日本牽制が韓国外交の存在理由なのか」(5月18日付『中央日報』の文正仁・延世大教授)と外交路線転換を求める声が強く出ている。

 硬直した朴槿惠大統領の対日外交が、いまや世論の批判にさらされているのだ。父・朴正熙は50年前、世論の反対を押して国交正常化を決断したが、娘は世論の反対を押して日韓首脳会談拒否を続けるのか。国交正常化に比べると首脳会談開催―関係改善など“歴史的決断”というほどのものではない。しかも世論の負担もない。早く日本との関係を何とかしないとこの夏、国民はもっと落ち着かなくなる。