橋場日月(歴史研究家、歴史作家)

 前回で安土城天主の最上階までについての説明をざっと終えたわけだが、ここで最上階の装飾について少し補足しておこう。

 まず、御座敷に描かれた絵の筆頭テーマである「三皇五帝」についてだが、これは古代中国の神話に登場する聖なる王たちで、特に三皇の伏羲(ふくぎ)、女媧(じょか)、神農(しんのう)がキモとなる。この伝説トリオのうち、伏羲と女媧は兄妹だったが、大洪水で人間が滅亡したとき、2人だけ大きな瓢箪(ひょうたん)の中に逃れたため助かったという。これが現存人類の始祖とされているのだが、面白いのは彼らにまつわるエピソードだ。

 この両名のうち、伏羲については魚鳥を獲る網を発明したとされ、魚釣りも彼が始めたということになっている。海や川の恵みを司る存在だ。

 そして女媧。こちらは、火の神と水の神が喧嘩(けんか)して、天を支える不周山が崩れてしまい、天の四本の柱がずれて地が割れてしまったとき、大亀の足を四柱の代わりに使い、黒龍の体を用いて大地を補修したという。

 こうして見てみると、伏羲は水を制し、女媧は古代中国における瑞兆の動物「四霊」の鳳、麒麟、亀、龍のうち、亀と龍を支配している。それだけではない。2人の姿は、人間の上半身(というより、頭と胸から伸びる腕だけが人間)に蛇の下半身となっている。

 そして残る神農だが、こちらは農業、医薬の神として日本でも大切に信仰されている。江戸時代から続く大阪の薬種商の町、道修町(どしょうまち)に鎮まる少彦名(すくなひこな)神社の祭神が、この神様であるのは有名だ。

 ところがこの神農様、頭に2本の角を持つ姿で描かれる牛頭人身の神なのだ。牛頭人身。皆さんはここで何かを連想しないだろうか。そう、牛頭天王(ごずてんのう)だ。
マスクが取り付けられたJR岐阜駅北口駅前広場の織田信長公像=2020年4月
マスクが取り付けられたJR岐阜駅北口駅前広場の織田信長公像=2020年4月
 牛頭天王といえば、信長にもゆかりの深い津島牛頭天王社(現・津島神社)と、その末社である信長が幼時から少年時代に通った那古野城内の亀尾天王社(現・那古野神社)については同連載の第回で触れた。この牛頭天王が神農の正体だという説がある。平安時代末期に成立した関白、藤原忠実の筆録集『中外抄(ちゅうがいしょう)』がその最初だ。

 そして鎌倉時代初期、天台密教(台密)に対して「東密」と呼ばれた真言密教の図像を抄録した『覚禅鈔(かくぜんしょう)』でも言及されている。牛頭の神農が牛頭天王と同一視されるのは自然な流れだったのだろうが、以前にも触れたように牛頭天王は素戔嗚尊(スサノオノミコト)の本地となったとされている。本地とは、外来の仏教神が日本の神の姿をとって降臨することだ。