今回話題となったイージス・アショアは、イージス艦を使ってミサイル防衛をすることに比べれば、かなりの経費節減と海上自衛隊の負担軽減になる。さらに、軍事的緊張が高まる南西諸島方面に海上戦力を割くこともできる。イージス艦自体を増やしたり、ミサイル対処のために常時艦艇を動かすことに比べれば、陸上配置であればかなり安い経費で済むし、配置する人員もほんの少数で対処できる。

 したがって、地元自治体や予算が許せば、イージス・アショアを導入し、陸上でのミサイル防衛体制を構築すること自体は自衛隊にとって望ましいことではある。しかし、ミサイル防衛の根幹となるシステムをいまだに米国から取得することは、自衛隊だけでなく、ひいてはわが国の自立を妨げることになる。

 近年の兵器システムは、その能力の半分以上がソフトウエアで決まる。兵器製造国が自国開発のソフトウエアを最新の形で外国に輸出することはない。これは米軍に限らず、どこの国の軍でも同じことだ。

 また、緊要な部分はブラックボックスとして、輸出相手国に開示されることはない。航空自衛隊は米空軍と同じF15戦闘機を採用しているが、その中身は大きく異なる。なぜなら航空自衛隊は、米空軍が能力向上を企図して更新した最新のソフトウエアは決して使えず、あくまでお古のソフトウエアが開示され、使用することになっている。

 したがって、自前で国産兵器を開発する姿勢を持たない限り、世界最高性能の兵器を有することはできない。また兵器のシステムは乗用車などと異なり、購入後も製造国の技術支援が継続されなければ十分な能力発揮はできない。つまり、兵器購入国は兵器販売国に対して、極めて従属的な立場に立たされることになる。

 日本において今後全ての兵器を国産化する必要はないが、主要な兵器は国産化していく必要がある。そしてイージス・アショアは相当程度、米国にコントロールされたシステムの恐れがある。

 今回導入が撤回されることになった背景には、施設本体の維持整備、開示されるソフトウエアのレベルなどで、日米間における軍関係者同士の折り合いがつかなかったのかもしれない。もともとイージス・アショアの日本導入は、閣議決定による自衛隊が関わらない形での政治決定であったので、防衛相がその撤回を最初に表明したのではないだろうか。

 いずれにせよ、米国製の兵器システムの導入を自衛隊を介さずに政治決定するのは間違っていると考える。なぜなら自衛隊自身で新たな兵器システムを導入する場合、まずその導入条件がどうなるか、現場の自衛官が米軍と交渉することになるからだ。内容としては価格をはじめ、維持整備の要領、ソフトウエアの開示レベルやそれらに対する自衛隊の関与度合いなど細かなとり決めを必要とする。

 外交文書で兵器の取得を決めたとしても、その下では日米軍関係者の間でさらに多くの覚書を締結している。私の現役時代でも、それはもう膨大な量を経験した。だが兵器の導入が政治決定になっていると、米軍は自衛隊との交渉に応じてくれない場合が多い。条件が悪くとも、自衛隊側がどうせ買うことが分かっているからだ。

 そのため、条件が悪い状態で交渉するのであれば、交渉過程で自衛隊が導入を見送る可能性を織り込ませなければならない。兵器システムの導入にあたっては、まずは現場で折り合いがつけ、その後政治家がそれを吟味した上で承認すればよい。

 先の大戦を境に、軍事力の役割は大きく変わっている。それまでの軍事力は「戦争をするためのもの」であり、戦争は日常的なことだった。

 しかし、人類が二度にわたる大戦の悲劇を教訓としたことで国際連合が誕生し、国家が理由もなく戦争を起こすことはできなくなった。ただ、大国間での戦争は減少した一方で、核兵器の誕生が「相互確証破壊」という「戦争を起こしたら負け」という軍事的緊張関係を生み出した。
※写真はイメージ(Getty Images)
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 今では、軍事力は「戦争を起こさないためのもの」として必要となった。そしてその根幹として「やられたらやり返す」という攻撃能力の部分が一層重要な役割を果たすことになる。相手からの攻撃を防ぐためにも、国家は軍事力を整備し、被害を受けても泣き寝入りはしないという姿勢が重要なのだ。

 しかし戦後のわが国では、世界の善意に期待して「戦争を起こさない」というおとぎ話が大手を振って歩いており、自衛隊が攻撃能力を持つことはタブー視されてきた。この軍事力の役割変化を認識できない日本国民が今でもかなり多いのが現状である。そろそろ日本国民も目覚めて、世界の現実をきちんと見られるようになってもらいたい。