なお、私と丸山氏の古巣の日本維新の会はといえば、結党当初から愛用していたグリーンの政党カラーをすっかり小池氏に取られてしまった。今回の都知事選で、維新は熊本県副知事だった小野泰輔氏を推薦している。

 しかし本来であれば、候補者は別の人間が適任ではないだろうか。都議選での恩義をあっさりと踏みにじり、一時期落ち目だった小池氏に後ろ足で砂をかける形で反目し、維新にくら替えし、東京選挙区で当選を果たした音喜多駿参院議員こそ、本来立候補するのが政界の筋であろう。

 音喜多氏の地元・東京北区の選挙区では多少なりとも支持層はいるだろうから、音喜多氏の出馬は維新の顔も立つはずだ。ゆえに参院議員を潔く辞した上で、小池氏に対抗する自身の公約と政策を都民のために掲げてほしかったものだ。

 もっとも、職業議員気質の人は落選確実の選挙に現職を辞してまで立候補する気はないだろうし、勝ち馬の小池氏を敵とするほどの改革精神などは持ち合わせていない。

 ゆえに、助けを求めてきたとはいえ、熊本県の副知事を差し出したという格好であれば、立候補した小野氏が少々気の毒だ。音喜多氏の「議員であり続けるためなら何だってする」というその執念は悪くないが、改革を掲げる議員としてはふさわしくないのも確かだ。

 難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患うれいわ新選組の舩後靖彦参院議員が新型コロナ感染の防止を目的に国会を一時欠席したとき、音喜多氏は「歳費返納がなければ厳しい」とツイートしたが、買収疑惑が浮上した際に欠席した河井夫妻に対しては同様の言及がなかったと指摘され、謝罪に追い込まれた。その程度の政治理念だから、彼の言葉はいつも支離滅裂なのだ。

 ちなみに私が興味深く見守っているのが、宇都宮健児氏と山本太郎氏の獲得票数である。両氏の立候補は、野党の票を分裂させることになってしまった。願わくば、野党一本化した状況での宇都宮氏、山本氏それぞれの獲得票数を見たかったところだ。

 だが、野党共闘というのは本当に難しいものだ。2017年の衆院選の際に、私も3期目に挑戦するかどうか判断する際に、身に染みて思い知らされた。当時の私は無所属として、議員となった当初の志である「政権と対立軸を立てて国民のために戦うという」原点を貫き、人権、福祉制度、中小企業支援や森友・加計問題などを中心に国政に携わっていた。かつて所属した維新も、12年はこうした理念を持つ政党だった。

 そのため、野党共闘候補として立候補できないか、小沢一郎衆院議員など重鎮議員らと話し合いもしていた。地元の野党系支持層も「どうせ応援するならば無名の候補者よりは、当選する可能性がある有名な候補者を野党共闘で応援したい」と掛け合ってくれていた。

 しかし、私の選挙区となると、マスコミが殺到するのを予想して「今の人生がパッとしないので知名度を上げたい。あわよくば議員になりたい」という腐った口八丁の輩(やから)がちょろちょろし出すのだ。そんなこんなでコトはすんなりと進まず、急な解散で私の選挙区は自民党候補の一人勝ちとなった。維新や野党共闘ができなかった共産党候補者も比例復活できないほどの惨敗を喫した。

 野党統一候補として出馬すれば、選挙区事情のほか、「当選した後、どこの党に所属するのか」だの「議員の支援者が立候補者したいと言っている」だの「立候補できるなら寄付したいという人がいる」などと有象無象のしがらみや眉唾(まゆつば)話満載で、収拾がつかなくなってくる。
東京都の対策本部会議後、記者会見する小池百合子知事=2020年7月2日、都庁
東京都の対策本部会議後、記者会見する小池百合子知事=2020年7月2日、都庁
 ここは、野党議員がもう少し国民のために政権交代を実現するという、力強い信念を持たなければならない。

 いずれにせよ、新たな都知事の肩には、第2波が危惧(きぐ)される新型コロナへの対処、そして1400万人の都民の未来がかかっている。候補者たちには、その重責の意味をしっかりと胸に抱いてほしいと願うばかりである。