吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表)

 ボルトン前大統領補佐官の著書『それが起きた部屋』が波紋を広げている。本稿では、その内容に触れつつ、今ワシントンで何が起こっているか、そして日本への影響はどれほどなのか、分析してみたい。

 というのも、私が昨年9月に寄稿した「ボルトン解任で『日本の核武装』が現実的になった」で論じたことがまさに現実になりつつあるのだ。

 これを踏まえてボルトン氏の著書を評価してみると、意外なことが浮かび上がってくる。ボルトン氏の著書の中で最重要部分は、トランプ氏がウクライナ大統領に対し、バイデン前副大統領の裏マネー疑惑を暴くことと引き換えに、米国による軍事援助を行うと、電話で話した部分だろう。

 これはトランプ政権が何度も否定しているが、その場にいた閣僚級の人物の証言は、初めてに近い。ボルトン氏の著書の題名が『それが起きた部屋』なのは、そのような理由によると思われる。

 では、ボルトン氏は、ウクライナ疑惑でトランプ氏が弾劾されそうになったとき、何ゆえ証言を拒んだのだろうか。これに関してボルトン氏は、ウクライナ問題だけでトランプ氏を弾劾しようとした民主党の戦略が不十分であり、トルコの銀行の裏マネー問題まで追及しなければ、不十分と思ったからであると述べている。

 このウクライナとトルコの裏マネーなどは、元ニューヨーク市長でトランプ氏の顧問弁護士、ジュリアーニ氏が個人的に任されていた問題である。ワシントンの官僚機構にいたボルトン氏には、このような「個人外交」が望ましくないと思えたのだろう。

 だが、既存の官僚政治に捉われず、真に米国と世界の利益を追求するのが、トランプ政治である。トランプ氏がモデルにしているものと思われるジョン・F・ケネディ元大統領も、キューバ危機の際に、ワシントンの官僚に頼らず、タスクフォースを弟で外交と無関係な司法長官だったロバート氏に任せた。

 それを考えるとジュリアーニ氏個人に複雑なバルカン情勢を任せたトランプ氏の判断は、間違っているとは言えない。

 余談だが、ジュリアーニ氏の裏マネー問題を追及していた連邦検事のバーマン氏が解任され、その後にトランプ氏の友人で証券取引委員会(SEC)委員長だったクレイトン氏が指名されそうである。だが、前後して米国最高裁は、SECには明確な被害者のいる金融犯罪に強制的に介入する権限があるものの、それ以外の場合には強制権限がないという判断を示した。
トランプ大統領(左)の暴露本を出版したボルトン前大統領補佐官=2018年6月、カナダ・シャルルボワ(ゲッティ=共同)
トランプ大統領(左)の暴露本を出版したボルトン前大統領補佐官=2018年6月、カナダ・シャルルボワ(ゲッティ=共同)
 クレイトン氏は在野からリーマン危機を克服しようとした金融専門の法律家である。リーマン危機とは不動産担保制証券の破綻が、同じ会計の中で行われていた石油などの先物に影響して莫大な追加保証金が発生したため、あのような不良債権が生じた。

 それを会計科目の付け替えなどで隠蔽していたウォール街の金融機関が、米国の会計年度の終わりである9月末に、それを隠しきれなくなって破綻を宣言したのが、リーマン危機だった。

 新型コロナ封鎖で5月に石油の先物がマイナスになった。リーマン危機以上の追加保証金である不良債権を、ウォール街の金融機関が隠している可能性は低くない。