掛谷英紀(筑波大システム情報系准教授)

 6月26日、NHKだけ映らないテレビを自宅に設置した女性が、NHKとの受信契約の義務が存在しないことの確認を求める訴訟の判決が東京地裁であった。小川理津子裁判長は原告側の訴えを認める判決を言い渡し、インターネットを中心に大きな話題となった。このNHKだけ映らないテレビを製作したのは筆者である。

 NHKだけを映らないようにする原理は単純だ。関東地方の場合、東京スカイツリーから発信される電波では、NHKのEテレが物理チャンネルの26チャンネル、NHK総合は27チャンネルが使われている。この中間である554メガヘルツにピークを持つLC共振型ノッチフィルター(特定の周波数帯域をカットする回路)を使うと、NHKの2局のみ映らないようにすることができる。電気工学を学んだことがある人間なら誰でも理解可能で、東京の秋葉原で部品を買えば自分で製作することもできる。

 このフィルターを使った訴訟はこれまでも何件か行われているが、いずれもNHK側の勝訴で終わっている。筆者が知る2件のうち1件は、2015年に当時船橋市議で、現在はNHKから国民を守る党の立花孝志党首が起こした訴訟である。

 これは、立花氏宅のアンテナコンセントの壁内にフィルターを埋め込む工事を行った上で「NHKに受信料を支払う義務がないことの確認を求める」債務不存在確認訴訟の形で行われた。

 結果は一審、二審ともに原告が敗訴し、立花氏はその後上告せずに確定した。判決理由は「フィルターは取り外すことができるので、NHKが受信できる設備に復元可能」というものだった。

 もう1件も立花氏を原告とした訴訟で、今度はフィルターを金属と接着剤でテレビに固定した形で行われた。原告側は「これならばフィルターは取り外せない」と主張したが、被告であるNHKは同じテレビを再現し、フィルターが取り外せることを示した。このNHKの主張が認められ、こちらも原告敗訴で確定している。
取材に応じる「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏=2016年7月、東京都新宿区(桐原正道撮影)
取材に応じる「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏=2016年7月、東京都新宿区(桐原正道撮影)
 原告が勝訴した今回は、市販のテレビ内部にフィルターを埋め込んでおり、外見上は普通のテレビにしか見えない。フィルターは金属箔(はく)や金属板で電波の遮蔽(しゃへい)をした上、回路基板に樹脂で固定されており、取り外そうとすると回路基板が破壊される形になっている。「これならば、NHKが受信できるようには復元できない」というのが原告側の主張である。

 これに対して被告のNHKは、同じテレビを実験的に再現し、「同軸ケーブルの芯線をむき出しにしてチューナー部に近づければ、NHKの放送が受信できる」と主張した。この訴訟の山場は、筆者が製作した原告所有のテレビとNHKが試作したテレビを並べて、原告・被告の代理人、筆者、NHKの技術者立ち会いの下で行われた実験である。

 筆者が製作したテレビで、NHKが示した方法でNHKの放送を受信できないことがその場で確認された。その後、NHKは「強力なブースター(増幅器)を使えばNHKの放送を受信できる」と述べた上で、「フィルターは取り外せる」「NHKの放送を受信できなくても、民放の放送を受信できる機能があれば、受信契約を締結する義務がある」などの主張を行ったが、判決ではいずれの主張も退けられている。