映画のクライマックス、孫毅氏は手紙を見つけたオレゴンの主婦ジュリーとジャカルタで対面を果たす(2017年春)。初対面なのに長年連れ添った家族のように打ち解ける2人のやり取りが観客の心を打つが、直後のエンディングでは衝撃の事実が明かされる。映画の撮影終了後、孫毅氏がジャカルタで謎の急死を遂げたというのだ。

「孫毅さんの死について、私は強い疑念を抱いています」と指摘するのはリー監督だ。

「当地の病院は急性腎不全と診断しましたが、彼は腎臓病なんて患っていませんでした。孫毅さんは死の2か月前、ジャカルタで中国の公安当局の訪問を受けて『レオン・リーから離れるように』と忠告され、それを拒否した。私はその話を孫毅さん自身から聞いています。その後に彼が急に亡くなったのです」(リー監督)

 孫毅氏の死に、中国当局がかかわっているとの強い疑いをリー監督は持っている。孫毅氏の温厚な人柄に感銘していたリー監督のもとに「孫毅氏が入院した」との知らせが入ったのは、『馬三家からの手紙』の編集作業を進めていた最中だった。

「すぐに連絡を取りましたが、孫さんは意識が混濁して、私が誰であるかもわからない状態でした。彼は中国を抜け出て第三国に来て、未来の計画を立てていたのに、なぜこんなことになるのか。私自身もとても混乱しました。私は彼を尊敬していたし、彼の言動に勇気づけられたので、孫毅さんを失ったことを表現することは難しい。非常につらい体験で、受け入れるまでに長い時間がかかりました」(リー監督)

 中国・大連で生まれたリー監督は高校卒業後にカナダにわたり、デビュー作で中国の違法臓器売買の実態を暴いた。盟友である孫毅氏を失ったリー監督に「中国政府に言いたいことは」と尋ねると、表情を変えず「中国共産党に期待することは何もない」とつぶやいた。

「中国共産党に言いたいことは何もありません。なぜなら、私が何を言っても変わるものではないからです。もうかなり前から私は言葉を失っています。彼らに何を言っても意味がないんです」(リー監督)

 中国政府に拘束された数多くの人権派弁護士や大学教授らとの交流がある阿古教授は、恐怖に駆られながらも勇気を持って、中国政府の不当な振る舞いを告発する声をあげている。当局の動きを警戒して、「しばらくは中国に行く気はありません」と語る彼女が日本人に求めるのは、隣の大国の動向に危機感を持つことだ。

「新型コロナにおける世界保健機関(WHO)の動きや一帯一路構想を見てもわかるように、中国は大金を拠出することで国際社会での発言力を増しています。日本にとっても決して他人事ではなく、圧倒的な数の力を持つ中国を侮ってはいけません。恐怖政治によって自分の頭で考える能力を奪われたら、人間としての幸せが奪われます。日本人はもっと人権に関心を持って中国や香港で何が起きているかを知る必要があるし、日本政府もできる限り国際社会と協調し、必死の抵抗を続ける香港の若者を支援してほしい」(阿古教授)

 勇気をふり絞って中国政府を批判する人が次々と姿を消す。そんな連鎖を食い止めねばならない。

●取材・文/池田道大(フリーライター)、レオン・リー監督通訳/鶴田ゆかり

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