大場一央(早稲田大非常勤講師)

 6月30日、中華人民共和国は香港国家安全維持法(国安法)を全国人民代表大会で可決、同日深夜に施行された。

 香港法の制限を受けない中共(中国共産党)政府の治安組織、国家安全維持公署が新設され、秘密裁判や、一定の条件下での令状なき捜索をはじめ、干渉力は大幅に拡大する。事実上、一国二制度の崩壊を意味するとして、英米を中心に国際的な非難が起こっている。

 一連の反応は、中国の手法を、専制的で人権に対する重大な侵害と捉えるゆえのものだろう。さらに、それだけでなく、こうした行為を看過していれば、いつか「中国式」が世界標準となり、民主主義体制に取って代わりかねないとの安全保障上の脅威を感じ取ってもいるのだろう。

 現在、日本政府は基本的に英米などと歩調をあわせている。一部報道では、リードしているとの指摘すらある。ただ、それは真に「中国」という存在を理解した上で、導き出された解ではなく、単に民主主義陣営の構成員として、模範的に振る舞おうとしているだけに見えてならない。その態度が、真に日本の国益に資するとは考えがたい。

 「中国」とはいかなる存在であるかを理解せずに、歩むべき道は見えない。それには、歴史的・思想的な考察が不可欠だ。

 香港が現在の状態になったのは、言わずもがな1840年のアヘン戦争による植民地化が原因である。これは問答無用の侵略行為であり、麻薬を利用した手法は弁護の余地がないほど悪辣だ。したがって、香港の統治権がいまだ中共政府と分離しているということ自体、中国人の民族感情として、国恥であるとするのも何ら不思議ではない。

 ことに1997年の香港返還時において、英・チャールズ皇太子は香港統治が民主主義を香港人にもたらしたと演説し、パッテン総督はアヘン戦争について何らの言及もしなかった。
香港返還の記念式典に出席した中国の江沢民国家主席(左)と英国のチャールズ皇太子=1997年7月
香港返還の記念式典に出席した中国の江沢民国家主席(左)と英国のチャールズ皇太子=1997年7月
 例えば、沖縄返還が、米国との一国二制度の下で実現したとして、米国大統領が、大東亜戦争で沖縄は日本帝国主義から解放され民主主義がもたらされた、などと演説したら、われわれはどのように感じるか。