小川善照(ジャーナリスト)

 6月30日、その具体的な内容が明らかにならないうちから「香港国家安全維持法」(国安法)は、香港社会を確実に締めつけ、萎縮させた。「分離独立行為」「反政府活動」「組織的なテロ行為」「外国勢力による干渉」などの行為だけでなく、そうした言論も含めて禁止とされ、重大犯罪の処罰は最低でも懲役10年となることが香港の民主派の間に伝えられたのである。

 日本人にもなじみ深い、周庭(アグネス・チョウ)が所属する政治団体「香港衆志」(デモシスト)では、周と幹部であった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、羅冠聡(ネイサン・ロー)の3人が相次いで脱退を宣言した。その数時間後、3人の離脱を受け、今後の運営が困難だとして、香港衆志は解散を決定した。時を同じくして、香港独立などを主張する団体も香港内での活動を停止し、次々と解散することを表明した。

 翌7月1日は香港の返還記念日である。この日は例年、民主派団体による大規模なデモが行われるが、今年、警察は新型コロナウイルス対策を持ち出し、デモ自体を不許可としていた。

 この7月1日を新たな「香港の自由を奪われた日」として記憶させないためであろう。香港時間23時という、ぎりぎり6月30日である時間に、全容が明らかにされないまま国安法は施行された。香港行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)でさえ十分に内容を知らない法律が、一国二制度を完全に崩壊させたのだ。

  7月1日、それでも抗議の声をあげるため、香港の街角には1万人以上の市民が集まった。昨年6月9日の反政府デモに集まったという103万人にはほど遠い数である。国安法の影響は明らかだった。

 「国安法違反になると、(重大犯罪の場合)最低でも懲役10年。最高は終身刑です。しかも、香港での裁判ではなく、中国に送られてしまう。恐怖しかありません。それでも多くの市民が抗議の声をあげました」(現地の香港人ジャーナリスト)
デモに向けて「離れなければ射撃する」などと警告する旗を掲げる香港の警察=2020年7月1日、香港の湾仔(筆者提供)
「離れなければ射撃する」などと警告する旗をデモに向けて掲げる香港の警察=2020年7月1日、香港の湾仔(現地香港人ジャーナリスト提供)
 悲壮な覚悟のデモ隊に対して、それを取り締まる側の警察は、余裕の表情すら見せていたという。

 「警官隊はいつにも増して強権的でした。悔しいですが、昨年来の市民との闘いに勝利したような、嘲笑的な表情を見せていました」(同)

 もともと、昨年のデモはインターネットなどで呼びかけられ、主催者がいない状態で、警察に違法集会とされても、自然発生的に市民が集まっていたものだ。だが、施行後は、明らかにこれまでと違った暗い雰囲気だった。

 結局、約370人が違法集会などの容疑で逮捕され、少なくとも10人が施行後、初の国安法違反として逮捕されたという。