今村浩(早稲田大社会科学総合学術院教授)

 米ミネソタ州ミネアポリスの警察官による黒人暴行死事件に端を発し、全米から国外にまで波及した抗議行動は、広く過去の黒人差別と現在の抑圧全般に対する抗議として拡大した。

 南北戦争(1861~65年)における南部連合の軍人や政治家のほか、事績を記念、顕彰する銅像や絵画、記念碑が次々と破壊、撤去された。そして、奴隷制擁護論者の名前を冠した機関や建物の改名圧力が高まっている。

 2018年時点で、全米には、南部連合関連の記念碑が約650、人名を冠した学校が85、郡と都市が80存在した。個別の例について、個々の人物の経歴、命名の由来など、事情を詳(つまび)らかに知らぬ身で、ああしろ、こうしろと指図はできないし、またするつもりもない。ゆえに、本稿では、原則としての私見を述べるにとどめる。

 まず、過去の歴史自体は変えられない。ただしこれは、現在知られている歴史が唯一絶対だということとは違う。新資料の発見や遺跡の発掘によって、歴史事実とその解釈は修正され得るし、現にされてもきた。

 言いたいのは、ある人物や事件についての当時の評価と現在の評価は違ってきているとしても、「当時の」評価で作られた顕彰物などを、「現在の」評価から破壊することには、慎重であるべきだ。

 歴史の証拠を、物理的に改ざんしてはならない。古代エジプト第18王朝のファラオ、ホルエムヘブが、石碑から先王「トゥト・アンク・アメン」(英語ではツタンカーメン)ら4代のファラオの名前を削らせたのは象徴的だ。

 また、たとえいかなる人物といえども、歴史からその存在を消してはならない。歴史書から、毛沢東、スターリン、ヒトラーについての記述をなくせば、彼らのしでかした大虐殺が、無かったことになるわけではないからだ。

 確かに、南部連合関連の人物像には、公園に建てるより、博物館に所蔵することが適切と思われる物もある。しかし、その多くの記念碑が、19世紀末~20世紀に建立されたことの意味を考えるべきであろう。
※ゲッティイメージズ
※ゲッティイメージズ
 南北戦争は、米国人を分断し、後々まで、ある意味では現在まで尾を引く深い傷跡を残した。内乱と位置付けることはできるものの、南部連合国は、合法的に成立した独立国なのだという主張は、奴隷制の是非とは別の問題なのである。

 すなわち、州(State)とは、本来国家であり、州が集まった連邦国家が「アメリカ合衆国」なのだ。そして、各州は、任意に合衆国を離脱できるとする考え方は、南北戦争までかなり有力に唱えられた。