私、相澤冬樹も、NHK大阪放送局の記者として当初からこの問題を取材していた。その報道をめぐり上層部と軋轢があり、結局NHKを辞めることになる。その経緯は拙著『安倍官邸vsNHK 森本事件をスクープした私が辞めた理由』(文藝春秋)に書いた。

 森友問題が発覚して十日目となる二月十七日、ターニングポイントとなる出来事があった。この日、国会で昭恵夫人の国有地取引などへの関与を追及された安倍首相は、こう言い切った。「私や妻が関係しているということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきり申し上げておきたい。まったく関係ない」

 一週間後の二十四日には、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)が国会で「交渉記録はない」「売買契約締結をもって事業は終了、速やかに(記録を)廃棄した」などと答弁。実際には、国有地取引の経緯を記した改ざん前の公文書には「安倍昭恵首相夫人」の名前が繰り返し記されていた。佐川氏の答弁の二日後、これら公文書の改ざんが始まった。赤木俊夫さんは、上司の命令によって現場で公文書の改ざんを強要されたのだ。

 森友問題の発覚から一年が過ぎた二〇一八年三月二日、朝日新聞の報道によって公文書改ざんが明るみに出た。三月七日に俊夫さんが亡くなると、九日には国税庁長官に栄転していた佐川元局長が依願退官。そして十二日、財務省は改ざんの事実を認めた。

 佐川元局長ら財務官僚を中心に土地取引や改ざんに関わった三十八人が刑事告発されたが、捜査にあたった大阪地検特捜部は五月末日、全員を不起訴にした。翌二〇一九年三月、検察審査会は佐川元局長ら十人について「不起訴不当」を議決したが、大阪地検は改めて不起訴処分とした。俊夫さんの死の原因となった公文書の改ざんで、誰の罪も問われないことになったのだ。

 二〇二〇年三月、俊夫さんの三回忌を迎え法要も無事終わったことを期に、妻・雅子さんは佐川元局長と国を相手取り裁判を起こした。同時に、雅子さんの了解を得て私は「週刊文春」誌上で俊夫さんの手記を公開した。記事は大きな反響を呼び、週刊文春は二年半ぶりに五十三万部が完売した。さらに第三者による森友事件の公正な再調査を求めて雅子さんが行った署名活動では、三十五万を超える署名が集まった。俊夫さんの死から二年余り、あらためて森友問題に大きなうねりが起きている。

 この本では、1章から5章までを、雅子さんの視点で描く。雅子さんの言葉からは、俊夫さんという誠実で快活だった人物が、理不尽な命令に悩み苦しむ姿が浮かんでくる。夫を失った女性が、国や財務省を相手にひとり戦おうと決意するのは、想像を絶する勇気がいるだろう。そこにいたる雅子さんの哀しみや憤り、迷い、葛藤をぜひ知っていただきたいと思う。

 6章以降は私の記者としての視点で、雅子さんへの取材などからわかった新事実を、週刊文春で発表した記事の情報に加え新事実も交えて、同時ドキュメントとして書いている。この事件は終わっていない。現在進行形であることを表すには、この形が最善と思ったからだ。

 本書が発売される二〇二〇年(令和二年)七月十五日には、新型コロナウイルスの余波で延期されていた雅子さんの裁判が、いよいよ始まる。その経過をたどり、事件の本質を理解する一助となれば幸いである。