本田氏は続けた。

 「敵機のパイロットは、全く私に気づいていませんでした。そんな無防備な敵機を、背後から撃つことになったんですよ。敵機に近づきながら『早く気づかんか!』と念じたのですが、最後までそのパイロットは気づかなかった。でも私は機銃を浴びせて撃墜してしまったんです。可哀想なことをしました。今もあのときのことだけは悔やまれてならんのです。なんで撃ってしまったんだと…」

 本田氏は、剣道の試合のごとく敵機と一騎打ちしたかったのである。そこで私が、空戦の極意を尋ねると、本田氏は間髪入れずに答えた。

 「『侍』ですね。つまり『武士道』―」

 この言葉を聞いて、思わず背筋が伸びたことを思い出す。

 「剣部隊」は、編成から終戦までの半年で実に170機もの米軍機を撃墜し、多数を撃破して米軍パイロット達の心胆を寒からしめた。

 だが、この大戦果の裏で、搭乗員88人を含む161人の戦死があることも忘れてはならない。その英霊161柱が祀られる靖国神社について、元301飛行隊のエース・笠井智一氏(総撃墜数10機)はこう語ってくれた。

第343航空隊(剣部隊)に所属した元海軍少尉、本田稔氏=2015年7月(奈須稔撮影)
第343航空隊(通称・剣部隊)に
所属した元海軍少尉、本田稔氏
=2015年7月(奈須稔撮影)
 「靖国神社参拝をめぐる問題で、いつも政治家やマスコミが大騒ぎしておりますが、こういう人たちは全く分かっていないですね。靖国神社というところは絶対になくてはならない追悼の場所なんです。宗教がどうだとか、そういうことは問題じゃないんです。
 われわれが『今度会う日は、靖国の桜のこずえで咲いて会おう』と歌ったのは、伊達や酔狂じゃないんです。われわれは、そう思って国のために戦ったんです。われわれ兵隊が国の指導者に騙された、なんていう人もいますが、それは全く違います。国のために、この祖国を守るために一生懸命に戦って亡くなった人々は、永遠に靖国神社に祀られねばならないと私は思っています。
 零戦の会の慰霊祭にしても、亡くなった人と話ができるわけではありませんが、やはり靖国神社に行って頭を下げれば、何か言い知れぬ感慨が沸いてくるんです」

 そして、今年もまた75回目の終戦の日がやってきた。