例えば、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の枠組みの中で動く日本の政治指導者の範疇(はんちゅう)で、安倍が前例のない影響力を持つことができたのは、その政策遂行における理念上の強さによるものであろう。安倍の対外政策展開における際立った特色は、「自由・民主主義・人権・法の支配」といった普遍的な価値意識の擁護を打ち出した際の徹底性にこそある。

 「安倍後の日本」における最たる懸念は、そうした安倍の徹底性が継承されるかということにある。安倍内閣下、そうした徹底性の結果として、特に中国、韓国、北朝鮮といった近隣3カ国との関係は膠着(こうちゃく)した。

 「安倍後の日本」を率いる政治指導者が、自らの独自性を出すために、そうした近隣3カ国に対する宥和(ゆうわ)姿勢に転じ、「自由で開かれたインド・太平洋」構想が意味するものを骨抜きにするような方向に走ることこそ、一つの「悪夢」かもしれない。

 少なくとも、1970年代以降、中国との経済関係を密接にしてきた日本には、対中ビジネス上の利得を重視する層が、米国や他の西欧諸国に比べても厚く存在する。そうした層の政治的な巻き返しに抵抗できるかが問題なのである。

 現今の米国では、大統領選挙に際して、トランプが再選されるのか、あるいは前副大統領のジョー・バイデンが政権を奪還するのかが政治上の焦点になっている。仮にトランプが再選されたとすれば、トランプの「御守り役」としての安倍の政権継続が日本の国益上、不安が少なかったかもしれない。

 けれども、安倍が去る以上、トランプとの関係を首尾よく紡(つむ)ぎ、バイデンが政権を奪還した場合でも、米国政治の基調となった対中強硬姿勢に歩調を合わせられる政治指導者が、「安倍後の日本」でも必要とされることになる。現今、過去40年近くの対中関係や対韓関係に反映されたような「アジアの連帯」という感覚は、率直に有害なのである。

 安倍が披露した「自由で開かれたインド・太平洋」構想に反映されたように、米豪加各国や西欧諸国のような「西方世界」との連帯の論理を進める政治指導者こそが、「安倍後の日本」に求められている。
首相官邸での会談に臨む安倍晋三首相(右)とバイデン米副大統領=2013年12月(酒巻俊介撮影)
首相官邸での会談に臨む安倍晋三首相(右)とバイデン米副大統領=2013年12月(酒巻俊介撮影)
 安倍晋三は、その政権運営に際して、理念の強さが日本外交の支えとなることを明白に証明した宰相であった。優れた政治指導者が、まず外政家として評価されるのであれば、安倍こそはその鮮烈な事例であったかもしれない。

 当節の日本は、社会における内向き志向が指摘されるとはいえ、「世界の中の日本」という視点が何よりも重要である事情は変わりがない。安倍の後を継ぐ政治指導者には、「内治の失敗は取り返せても、外交の失敗は取り返せない」という故事を肝に刻んで、宰相の座に就いてもらいたいものである。これが、筆者の当座の所見である。(一部敬称略)