吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表)

 安倍晋三首相が辞任を表明した。表面上の理由は、2007年の辞任と同様、持病の潰瘍性大腸炎の悪化だった。これは偽りではないかもしれない。だが、別の深い理由もいくつか考えられる。

 一つは、東京高検検事長の定年延長問題だ。その背景には、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業をめぐる汚職事件を中心とした一連の疑惑回避があったとの情報もある。

 実際、賭けマージャン問題で元東京高検検事長の辞職が波及したとみられ、7月に就任した新検事総長はカジノ疑惑を再び厳しく追及している。また、度合いこそ分からないが、菅義偉(よしひで)官房長官が、地元である横浜へのカジノ誘致計画に関係しているという疑惑もくすぶっている。そのような疑惑の真相が今後明かされれば、重大な政権の危機になるだろう。

 そもそも、横浜へのカジノ誘致には、米国のトランプ大統領の有力支援者である世界のカジノ王が関係しているとされる。だが、コロナ禍もあってカジノ王の関連企業は日本から撤退しており、こうした現状を踏まえ、安倍首相とトランプ大統領の関係にも何らかの影響があったとの見方もある。

 もう一つは、カジノ問題に加え、今秋の米大統領選で、トランプ大統領の再選が困難との情報がもたらされていることに不安を募らせた可能性だ。私は、トランプ大統領が再選されるとみているものの、日本では民主党候補のバイデン氏勝利予想の方が強い。

 そしてさらに重要なのは米国と中国の対立激化だ。中国は、米国が南シナ海の軍事化に関し、中国側に新たな制裁を発表する直前だった8月26日、同海域に向け弾道ミサイル4発を発射した。その前には、米軍機が飛行禁止空域を通過して中国の軍事訓練を偵察し、中国が激しく抗議している。

 米中はかねてから5G(第5世代移動通信システム)の主導権争いに加え、貿易面での対立、新型コロナをめぐる対応など摩擦が深刻化している。その上でのミサイル発射であり、米中の本格的な軍事衝突は遠い先の話ではない。

 そこで、問題になるのが、安倍首相の長期政権を支えた菅官房長官と二階俊博幹事長の存在だ。安倍首相は、菅、二階両氏とは政治理念が同じとは言えないが、中選挙区時代に鍛えられた剛腕と調整力が「安倍一強」の後ろ盾でもあった。
厳しい表情で記者会見に臨む安倍首相=2020年8月28日、首相官邸
厳しい表情で記者会見に臨む安倍首相=2020年8月28日、首相官邸
 その菅氏をめぐっては、先に述べたような不安がある。二階氏に関しては、ワシントンDCに本拠を置くシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の報告書で、名指しで「親中派」とされている。今秋の人事異動でこの2人を外さなければならないとすれば、安倍政権は成り立たないといっても過言ではない。

 自民の有力政治家である二階氏をワシントン筋が言及したことは、過去の例ではロッキード事件以来とも言えるレベルであり、それぐらい米国は中国に対して本気なのだ。
 
 こうした種々の問題が重なったことこそが、急な辞任劇の深層にあるとの見方が消えないゆえんだ。