重村智計(東京通信大教授)

 「北朝鮮は個人独裁体制から集団指導体制に移行した」。韓国の情報工作機関である国家情報院がこの事実を初めて認めた。

 それでも、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の健康不安に言及することはなかった。このように、国家情報院の分析にはしばしば意図や悪意が隠されている。

 そのような中で、中国外交担当トップの楊潔篪(よう・けつち)共産党政治局員が8月22日に突然訪韓し、釜山で大統領府の徐薫(ソ・フン)国家安保室長と意見交換した。両者最大の関心も北朝鮮指導部の混乱にあったのである。

 北朝鮮は自ら「(指導者の)唯一指導体系」を公言してきた。指導者が独裁的に統治し、国民はそれに従うシステムだ。

 集団指導体制に移行したのであれば、金委員長の体調は万全でなく、体制崩壊に繋がりかねない重大な事態だ。韓国国家情報院は、その事実を隠していることになる。

 国家情報院は、金委員長が妹の金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長や側近たちに一部の権限を移譲したと明らかにした。この報告は、8月20日に非公開で行われる国会の情報委員会で行われた。

 そして、権限を委譲した理由を「ストレスを軽減するため」と説明した。これでは、金委員長が相当なストレスを抱え、健康状態が危ういと言っているに等しい。

 しかし、金委員長が「全く健康で問題ない」としている韓国大統領府の見解とは異なる。国家情報院は「真実」を語れないでいる。

 韓国や海外の専門家は、「北朝鮮の柱である唯一指導体系が変更されることはあり得ない」と指摘した上で、事実だとすれば情報院の分析は間違いだと批判している。

 そもそも、唯一指導体系の下では、金日成(キム・イルソン)主席の血統を有する人間しか指導者になれない。そして、唯一の指導者が絶対的に領導する「指導者無謬(むびゅう)性」が強調される。これは労働党の「唯一領導体系十大原則」に明記されていることだ。
2020年8月5日、北朝鮮・平壌の朝鮮労働党中央委員会本部庁舎で政務局会議を主宰する金正恩党委員長(朝鮮通信=共同)
2020年8月5日、北朝鮮・平壌の朝鮮労働党中央委員会本部庁舎で政務局会議を主宰する金正恩党委員長(朝鮮通信=共同)
 信頼できる専門家の間では、北朝鮮の指導体制の異変が今年5月ごろから指摘されていた。北の国営報道から「(金正恩委員長が)指導された」という表現が消えたからだ。北朝鮮では、金委員長についての表現は厳しく定められている。