三浦瑠麗(国際政治学者)

 歴代最長政権の幕が下りました。首相個人の健康上の理由による辞任であったこともあるかもしれませんが、その最後は、積み上げられた時間の重みに比して少々あっさりとした、実務的なものでした。

 安倍首相自身が、第1次政権を去る際の政権「投げ出し」批判が強かったことを意識してのことでしょう。目下の最重要課題である新型コロナウイルス対策の進むべき方向性を明確にした上で、淡々と辞任に至る理由が語られたのでした。

 一つの時代に一つの区切りがついたとき、歴史的な総括やレガシーについて語られるのは、人間という生き物が自らの生きる時代や空間を把握したいという欲望を抱えているからでしょう。政治を評する者としても、歴史に参加しているという実感が得られる営みです。

 私自身、現実の政治について評論するようになったのは2014年からであり、当時は既に第2次安倍政権に入っていました。政権の後半には、安全保障政策や中期的な経済政策を議論する会議に参加する縁などもあり、首相やその後継と目される人々とも接する機会もありました。本稿は、同時代性を持って安倍政権のレガシーを定義する私なりの試みです。

 安倍政権の政策的なレガシーについては、5点挙げたいと思います。内政上のテーマが2点、外交上のテーマが2点、国民意識の統合に関してが1点です。

 内政上の最大の成果は、2012年時点では八方塞がりに感じられた日本経済に新たな息吹を吹き込んだことです。政権発足直後の2013年、日本銀行総裁に黒田東彦(はるひこ)氏を任命し、異次元の金融緩和策を推し進めました。

 目標とされた完全なデフレ脱却までは至らなかったものの、景気の「気」の部分にも働きかけたことによって雇用は改善し、企業収益が回復し、株価も大幅に上昇しました。この景気の底上げがあったからこそ、5%から8%、そして10%への2段階の消費増税が可能となりました。

「すべての女性が輝く社会づくり推進室」の看板をかける安倍晋三首相と有村治子女性活躍担当相=2014年10月
「すべての女性が輝く社会づくり推進室」の
看板をかける安倍晋三首相と
有村治子女性活躍担当相=2014年10月
 プライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡までは至らず、コロナ禍に伴う未曽有の支出によって日本の財政は再び危機を迎えていますが、消費増税のタブーを乗り越えた意義は大きいものでした。

 第二は、経済をキーワードにして時代にあった社会政策を推し進めたことです。「女性活躍」を合言葉にして、男女共同参画を「女性の問題」から「経済の問題」へと再定義したことで経済界を巻き込むことができました。

 少子高齢化社会のさらなる深刻化を踏まえた、幼児教育の無償化、年金の開始年齢の引き上げ、外国人労働者の受入れ、インバウンドの強化など、これまでも議論されていたけれど実現に至らなかった課題が前に進みました。