かつての日本政治にはそれなりのリーダー育成の仕組みがあり、首相は後進を育てる責務を感じていたように見えます。その後、諸改革の成果として日本政治は官邸主導型へと変化しています。

 安倍政権は重要政策の全てを官邸で取り仕切り、実力派の閣僚は長老か能吏タイプによって担われており、次代を担うような人材の発掘と育成の機能を果たすことができていません。実際問題として、内政のかじ取りにおいても外交上の存在感においても、今後の日本は不安定な時代が続く可能性が高いでしょう。

 第二は、構造改革への踏み込み不足です。政権の発足当初こそ、アベノミクスの三つ目の矢として構造改革や規制改革への言及がなされていたものの、本音の部分では「保守が割れる論点」に対する消極性が目立っていました。

 人口減少期に入った日本経済を成長させ、社会を活性化させるには生産性の向上が不可欠であり、そのためには既得権にメスを入れて競争を促すべきであるのに、大玉の改革案件はことごとく先送りされてしまいます。諸外国対比の競争力は低下の一途をたどり続けてしまいました。

 第三は、憲法改正という本格保守政権でなければ手を付けにくい政策を推し進められなかったことでしょう。辞任会見においては、首相自身が憲法改正と並んで北朝鮮による日本人拉致問題とロシアとの平和条約を志半ばの課題として挙げました。

 首相の思い入れはあるにせよ、対北朝鮮や対ロシア外交については相手があることです。国際情勢の追い風がない限りは誰が政権の地位にあっても解決は困難であったでしょう。

 ただ、憲法問題はコントロールできたし、もっと踏み込むべきでした。8年近い時間をもってもなお、憲法を起点とする神学論争と底の浅い与野党対立を次代にまで引き継いでしまったわけです。

 お気づきのことと思いますが、これら負のレガシーはどれも長期安定政権を実現することの「副作用」として生じています。

 長期政権を実現するために次代を担うようなライバルの出現を許容できなかったし、保守が割れる論点には踏み込まなかった。そして、おそらく首相が最も成し遂げたかったはずの憲法改正も実現しなかったわけです。
憲法改正を求める集会で、安倍晋三首相はビデオメッセージを通じ「国民的コンセンサスを得るに至るまで(議論を)深めたい」と訴えた=2015年11月
憲法改正を求める集会で、安倍晋三首相はビデオメッセージを通じ「国民的コンセンサスを得るに至るまで(議論を)深めたい」と訴えた=2015年11月
 直近の各社世論調査では内閣の支持率が大幅に上昇し、日本経済新聞の調査によれば、国民の7割以上が安倍政権の成果を評価していると報道されています。国民は実際に長期安定政権を望んでいたのだということでしょう。

 当たり前ではあるけれど、政権のレガシーの多くは長期政権であったから可能になったものです。ただ、そこにはコストもあったということです。残念なのは、それらのコストの多くは、われわれが今後とも払っていかなければいけないものであることです。