2020年09月08日 10:47 公開

神経剤が使われた可能性のあるロシアの野党指導者を治療するドイツ・ベルリンの医師団が7日、容体が改善していると明らかにした。治療のため鎮静剤などで昏睡(こんすい)状態になっていたものの、話しかけなどに反応するようになったという。

ベルリン大学シャリテ病院は声明で、アレクサンドル・ナワリヌイ氏(44)が回復しつつあり、医師団は人工呼吸器から自発呼吸へと戻す対応を進めていると述べた。

「言葉による刺激に反応している。毒物による重篤症状が長期的にどのような影響を残すか、判断するのは時期尚早だ」と病院は説明した。ロシアから病院へ同行した妻ユリア氏と、緊密に連絡を取り合っているという。

ナワリヌイ氏の広報担当、キラ・ヤルミシュ氏はツイッターで、「アレクセイについてお知らせです。治療のための昏睡状態から、本日脱しました。次第に人工呼吸器が外れます。話しかけに反応しています」と書いた。

ドイツの医師団は、ナワリヌイ氏に使われたのは神経剤ノビチョクだという所見を発表している。

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機内で体調急変

ロシア政府の汚職を追及してきた反体制指導者のナワリヌイ氏は8月20日、ロシア・シベリア西部トムスクからモスクワへ向かった旅客機内で、離陸から30分後にいきなり体調を崩した。近くに座っていた乗客はBBCロシア語に対して、ナワリヌイ氏が激痛に苦しみ悲鳴をあげていたと話した。飛行機は中南部オムスクに緊急着陸し、ナワリヌイ氏はオムスク病院へ搬送された。

ナワリヌイ氏は出発前は元気だった。広報担当のヤルミシュ氏によると、この朝はトムスク空港で飲んだ茶のほかは何も口にしていなかった。

ロシア当局は当初、ナワリヌイ氏の国外移送を認めようとしなかったが、ユリア夫人など家族や支持者の強い希望で、ナワリヌイ氏は22日にベルリンに移送された。

ドイツ政府と医師団は、ドイツ軍研究所で検査した結果、ナワリヌイ氏が神経剤ノビチョクで攻撃されたことを示す「疑いようのない証拠」が得られたと断定している。

一方で、最初にナワリヌイ氏が救急搬送されたオムスク地域の毒物主任、アレクサンドル・サバエフ氏は、治療に当たったオムスク病院の医師たちはナワリヌイ氏の体内から毒物を検知しなかったと強調した。

ロシア政府は7日、ナワリヌイ氏の急病をロシア政府のせいにするのは「ばかげている」とコメント。「ロシアが関与していたかのような主張は、受け入れられないし、ばかげている」と、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は話した。

ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官も、ノビチョクが使われたというドイツなどの主張に、証拠の裏付けがないと批判している。

ノビチョクは、1970~1980年代にソビエト連邦(当時)で開発された神経剤。神経から筋肉への信号伝達を妨げ、全身の機能不全を引き起こす。

液体のほか固体としても存在し、超微細粒子にして拡散することもできるとされる。毒性が強く、効果が30秒~2分で現れる種類もあるという。

元ロシア情報員セルゲイ・スクリパリ氏とその娘が、2018年にイギリス・ソールズベリーで襲われた事件で使われた。スクリパリ親子は助かったが、イギリス人女性が後に病院で死亡した。英政府は、ロシア軍情報当局が襲撃したと非難した。

ロシアではこれまでにも、ウラジーミル・プーチン大統領や政府を批判したり対抗したりする政治家情報将校、ジャーナリストなどへの攻撃や不審死が相次いでいる。ロシア政府は一貫して関与を否定している。

汚職追及の反体制指導者

ナワリヌイ氏は政府の汚職を追及し、全国的な抗議運動を主導してきた。巨大国有企業の内部で不正敢行や腐敗が横行していると、2008年にブログを書き始めて注目された。

プーチン氏率いる「統一ロシア」政党を、「悪党と泥棒」の集まりと呼び、「ロシアの生き血をすすっている」と非難している。

2011年には、統一ロシアが議会選挙で不正投票を行ったことに抗議し、逮捕。15日間刑務所に入れられた。

2013年にも横領の容疑で禁錮刑となったが、政治的な判決だと非難している。

2018年に行われた大統領選では、公金横領事件で有罪判決を受けたことを理由に出馬申請を却下された。同氏はこれは、政治的な意図による判断だと批判している。

2019年7月には、認可のない抗議活動をしたとして30日間の禁錮刑となったが、その最中に体調を崩して病院へ搬送された。

医師は「接触性皮膚炎」と診断したものの、ナワリヌイ氏は自分はアレルギーになったことはないと反発。かかりつけの医師には「何らかの毒物」にさらされた可能性があると診断されたと述べ、毒を盛られた可能性があると話していた。

2017年にも消毒薬を顔にかけられ、右目に化学火傷を負っている。

ロシア政府は昨年、「外国機関」への監視を強化する法律を制定していたが、この中にナワリヌイ氏の反汚職同盟も含まれた。

各国の反応は

イギリス政府は7日、駐英ロシア大使を呼び出し、「毒物の使用について深い懸念」を伝えた。

「使用禁止の化学兵器が使われたなど、まったく容認しがたい。ロシアは透明で全面的な捜査を徹底して実施しなくてはならない」と、ドミニク・ラーブ英外相は述べた

欧州連合(EU)もロシア政府による「透明性のある」捜査を要求している。

ドイツでは、アンゲラ・メルケル首相に対して強硬策をとるよう求める声が高まっている。メルケル首相は2日、ナワリヌイ氏は殺人未遂事件の被害者で、世界はロシアに答えを要求すると述べている。

ドイツ政府報道官は7日、バルト海底を経由してロシア・ドイツ間をつなぐ、建設中の天然ガス・パイプライン「ノルド・ストリーム2」の今後について決断するには、まだ時期尚早だと述べた

ノルド・ストリーム2について、ロシアのアレクサンドル・ノヴァク・エネルギー相は、「困難」の伴う現状だが、それでも完成させなくてはならないと述べた。インタファクス通信が伝えた。

アメリカのドナルド・トランプ大統領は、プーチン氏が関与したとする証拠は見ていないとして、ロシア政府を直接は非難していない。ノルド・ストリーム2について7日に聞かれると、建設に反対するというアメリカ政府の従来の主張を繰り返した。米政府はかねて、このパイプラインの完成を阻止しようと、協力企業への制裁を決定している。


<分析> ドイツとロシアの関係は――デイミアン・マクギネス、BBCニュース(ベルリン)

ナワリヌイ氏の容体は改善したが、独・ロ関係は健全とは言いがたい。

ドイツのハイコ・マース外相は、ナワリヌイ氏への毒物使用についてロシア政府が数日中に捜査協力しなければ、ドイツは欧州諸国と制裁について協議を開始すると発言している。

それに輪をかけて強力な圧力になっているのが、完成間際になっているノルド・ストリーム2の建設中止も辞さないという、メルケル政権の強硬姿勢だ。

ロシアからドイツへ天然ガスを運ぶパイプラインの建設中止には、巨額の費用が伴う。約120社の欧州企業が関わる巨大プロジェクトで、総工費は90億ユーロ(約1兆1300億円)以上だ。これが中止となればドイツ政府は弁償しなくてはならない。

メルケル首相には圧力がかかっているだろうが、ドイツ社会はロシア政府に対して一枚岩ではない。ロシアに対するドイツ人の態度も、ばらばらで複雑に入り組んでいる。対ロ強硬姿勢や強気の発言は、票に直結しない。

もし具体策が必要になるなら、メルケル氏はおそらくEUと歩調を合わせて、狙いを定めた限定的な行動を選ぶはずだ。

(英語記事 Russia's Navalny out of coma after poisoning