今回の総裁選も、残念ながら石破氏に勝ち目はないようだ。だが、今の姿勢を変える必要はない。これからも、政権の批判勢力に徹すればいい。「安倍・菅の政治」の限界が明らかになり、新しい指導者が求められるときが来るならば、「石破待望論」が世論だけではなく、永田町から出てくることもあるだろう。

 もう1人の総裁選候補者である岸田氏は、18年の総裁選に出馬しなかった。当時、安倍首相の有力な対抗馬とみられていたが、「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だ」と判断した。それは、安倍首相からの将来の「首相禅譲」に望みを託すことでもあった。だが、筆者は当時、本サイトへの寄稿で「首相禅譲はない」として、その判断の甘さを批判していた。

 戦後政治の歴史を振り返れば、禅譲を狙って裏切られ捨てられた事例は多数あるからだ。例えば、現在岸田氏が率いる宏池会の会長だった前尾繁三郎元衆院議長は、佐藤栄作元首相が4選を決めた1970年の総裁選で、「人事での厚遇」の密約を理由に不出馬を決めたが、結果的に佐藤氏に約束を反故(ほご)にされた。前尾氏は派内の反発を買って会長の座を大平正芳元首相に譲らざるを得なかった。

 そもそも、生き馬の目を抜く政界で、「禅譲狙い」はうまくいくわけがないのだ。岸田氏は18年の総裁選後、政調会長に就任したが、アベノミクスを無批判に礼賛し続けるしかなくなった。

 宏池会は元々、民主党、公明党との三党合意による税と社会保障の一体改革をまとめた谷垣禎一前総裁の派閥だ。本来、岸田氏は財政再建に関して、安倍首相と異なる持論を持っていたはずだ。しかし、「禅譲狙い」のために、持論は封印して従うしかなかった。

 「禅譲狙い」は首相と一蓮托生(いちれんたくしょう)となり、心中するしか道はないだけではなく、それ以上に厳しいものだ。一生懸命働いても、手柄は自分のものには絶対にならない。何か落ち度があれば、全ての責任を押し付けられる。いいことは何もないものだ。

 安倍政権が新型コロナウイルスをめぐる経済対策の一つとして打ち出した、国民1人当たり一律10万円の現金給付を決定したときのゴタゴタがいい例だ。当初、減収世帯に30万円を給付するという措置だったが、国民から酷評された。制度そのものが分かりづらい上に、自己申告がわずらわしく、いつもらえるかも分からない。本当に必要な人がもらえるのかどうかも分からなかったからだ。結局、公明党が首相官邸に泣きついて、「一律10万円の現金給付」に急遽(きゅうきょ)変更となった。

 当初の現金30万円給付は、政調会長の岸田氏が財務省と取りまとめたものだった。自民党内から噴出した批判は岸田氏に集中した。「公明党が言えば、ひっくり返すというのはどういうことか」「党は政府の下請けではない」「岸田氏は終わりだ」などと叩かれ、彼のメンツは丸潰れとなり、「ポスト安倍」として力量不足と酷評されてしまった。

 今年6月くらいまでは、安倍首相は「ポスト安倍」について、岸田氏への「禅譲」を考えていたと言われる。しかし、岸田氏の政治的センスのなさと力量不足を不安視させる事態が続き、世論の岸田支持も盛り上がらなかった。岸田氏では、憎き石破氏にとても勝てないとみて、首相は禅譲を迷うようになったというのだ。
東京・新橋駅前で、通行人の男性とタッチする自民党の岸田政調会長(左)=2020年9月11日
東京・新橋駅前で、通行人の男性とタッチする自民党の岸田政調会長(左)=2020年9月11日
 そして、安倍首相の辞任会見後に周囲が即座に動いた。微塵(みじん)も「ポスト安倍」への色気を見せなかったはずの菅氏が出馬の意向を示すと、一気に「菅後継」の流れが生まれ、岸田氏はあっという間に蚊帳の外になった。やはり禅譲などありえなかったのである。