しかし、禅譲がないとはっきりした後、岸田氏は、出馬表明の記者会見で「大変厳しい道のりを感じているが、国民のため国家のため、私の全てをかけてこの戦いに臨んでいきたいと思います。一人でも多くの国民のみなさんに共感してもらい、力を与えていただき戦いを進めていきたいと思う」と述べた。岸田氏は開き直ったのか、その言葉にこれまでにない力強さと率直さが出てきた。

 岸田氏にとって現在の状況は、長い目で見れば必ずしも悪いことばかりではない。菅氏は「権力の私的乱用」を繰り返してきた安倍首相の周囲も継承する。彼らをコントロールできず、また私的乱用が起きるかもしれない。「次の首相には生真面目な岸田氏がいい」という待望論が出てくる可能性はある。今は、どんな苦戦を強いられても、この総裁選を最後まで全力で戦い切ることだ。

 最後に、総裁選の大本命となった菅氏について論じたい。だが、正直何を論じたらいいか分からない。これまで、菅氏の国家観や思想、政策をはっきりと聞いたことがないからだ。

 コロナ対策やGoToトラベルの推進などが出ているが、それは安倍政権の政策の継続だ。菅氏自身が何を目指すかがよく分からない。また、「菅内閣」の閣僚・党役員人事がどうなるのかも、イメージがまったくわかないのだ。

 安倍政権の官房長官を7年8カ月間務めた実力者なのに、全くと言っていいほど個性が見えないのは驚くべきことだ。だが、それこそが菅氏の凄(すご)みなのだろう。首相を支える仕事に徹し切ったことで身に着けたものである。

 だが、その凄みが自ら首相になったときにどうなるのかは分からない。「安倍首相には菅義偉がいた」が「菅首相には菅義偉がいない」からだ。

 だから、仮に菅内閣が誕生するとすれば、筆者の関心は一つしかない。誰が官房長官に起用されるかだけだ。

 菅氏の官房長官在任期間は歴代最長だ。その間、毎年約10億〜15億円計上される官房機密費や報償費を扱い、内閣人事局を通じて審議官級以上の幹部約500人の人事権を使い、官邸記者クラブを抑えてメディアをコントロールし、官邸に集まるありとあらゆる情報を管理した。官邸に集まるヒト、カネ、情報を一手に握ることで、菅氏は絶大な権力を掌握してきた。

 菅氏が首相になるとき、「コロナ禍」という緊急事態を理由に、閣僚・党役員のほとんどが安倍内閣から留任ということもあるかもしれない。しかし、そんな極端なケースでさえ、官房長官だけは必ず新しい人が起用されるのだ。
日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に臨む(左から)石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)
日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に臨む(左から)石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)
 菅氏が、自らの権力の源泉となってきた官房長官ポストを誰に渡すのか。どういう形で渡すのか。また、これは菅氏を支持する各派閥にとっても、最も関心があることだろう。

 菅氏は無派閥である。どの派閥からも官房長官が起用される可能性があり、それによって党内の政治力学が変化することになる。官房長官人事は、菅政権の性格を決定する全てであると言っても過言ではないのだ。