森内は、小学生時代から羽生のライバルだった。14年に名人を初獲得したが、翌年には羽生に奪われる。この時点で羽生は名人4期。誰もが「羽生十八世名人」を疑わなかった。しかし、16年に奪い返し、17年には挑戦者となった羽生を返り討ち。その後は19年まで名人を防衛し、永世名人の資格を得た。

 現在、森内は半引退状態(将棋界ではフリークラスと言う)で、名人8期。羽生は9期だが永世名人になったのは、森内が先だった。森内らも含めて「羽生世代」の割を食ったのは、谷川ら年上の棋士だけでない。年下の棋士も頭を押さえられた。その筆頭が、今年36歳でようやく初の名人となった渡辺明だ。

 藤井聡太以前に中学生でプロとなった棋士は、加藤、谷川、羽生、渡辺の4人である。渡辺だけは、その実力に反して、長く名人に届かなかった。必ずA級順位戦で羽生か森内と戦わねばならなかったからである。渡辺は羽生世代との戦いのみならず、コンピューター将棋との戦いも強いられた。

 21世紀に入りコンピューター将棋の進歩は飛躍的で、もはや人間の名人は太刀打ちできない。上手い比喩がないが、たとえるならミサイル60発にピストル1丁で立ち向かうようなものか。次々と繰り出されるミサイルをすべて避けながら、発射基地にたどり着けば勝てる、というような感覚である。長らくコンピューターは人間の棋士に勝てなかったが、ミサイルをかわし続ける超人が将棋の棋士である、と言えば理解できるだろうか。今やミサイルの精度が上がって、人力ではかわせなくなったが。

 そして、羽生にも衰えが見られる。佐藤天彦に名人を奪われ、今や無冠に転落した。今でもトップ10の実力は間違いなく保持しているのだが、もう三強には勝てないのではないかとの悲観論もある。

 二強と目されてきたのが、渡辺と豊島将之である。王を固く囲って、細い攻めをつないで勝利する渡辺。序盤中盤終盤と隙のなさが持ち味の豊島。そこに藤井聡太が割って入り、三強時代である。

 ちなみに、藤井は渡辺に勝って棋聖を獲得したが、直後に渡辺は豊島から名人を奪った。その豊島に藤井は公式戦0勝4敗で、一度も勝ったことがない。かつて、大山、升田、塚田が三すくみだったのに似ている。だが、大山が棋界を制覇したように、藤井の覇権は近いと見なされている。
ヒューリック杯棋聖戦五番勝負の第3局に臨む渡辺明棋聖(左)と藤井聡太七段=2020年7月、東京都千代田区(桐山弘太撮影)
ヒューリック杯棋聖戦五番勝負の第3局に臨む渡辺明棋聖(左)と藤井聡太七段=2020年7月、東京都千代田区(桐山弘太撮影)
 豊島は名人就任直後、「お互いの絶頂期に藤井君と戦いたい」と発言したが、1年でやってきた。「将棋の代名詞」「無敵羽生」「第一人者羽生」が、もしかしたら18歳の少年に二度と勝てないかもしれず、現役の名人が地位を脅かされる。これが将棋界の現状である。

 藤井も凄(すご)みは、圧倒的な終盤力である。小学校6年生で、現役プロ棋士も参加する詰将棋選手権で優勝して以来、5連覇を続けている。