広野真嗣(ノンフィクション作家)

 9月に入って政府は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために設けていたイベントの開催制限の緩和や、観光・飲食業支援策など経済再開のカードを次々と繰り出した。

 くしくもそのタイミングと首相交代が重なり、「継承」を掲げた前官房長官の菅義偉氏が後任の首相に選ばれた。この点、見切り発車と急ブレーキを繰り返した新型コロナ対策をめぐっても政策決定の在り方が引き継がれるのか、あるいは転換するのか、改めて注目が集まる。

 そんな折、政府の新型コロナウイルス対策感染症分科会に出席する専門家がぼやく言葉に接した。「各省庁がそれぞれあさっての方向を向いて『作文』した文書を出してくる」

 「作文」とはどういうことか。取材を通じて見えてくるのは次のような事実だ。

 例えば、飲食業支援策「GoToイート」を所管する農林水産省は9月初旬の分科会で、ネットで予約した飲食に対してポイントを付与する事業の原案を示した。そこではカラオケを支援対象から外すとし、料金の50%以上がカラオケ代にあたるなら除外とした。「ハイリスク環境は3密+大声」という言葉を
教条的に理解したのだろう。

 半分がカラオケ代、というと、高校生が放課後に入るようなカラオケボックスのイメージに近い。しかし、実際にこれまでクラスター(感染者集団)の発生が何度も確認されたのは、高齢者の憩いの場として定着しつつある喫茶店などでの「昼カラ」や、店の余興でカラオケセットが置いてあるスナックだ。

 つまり、農水省の原案ではこうしたリスクの高い、飲食が主でカラオケを従として提供しているようなスポットを除外するべきなのに、逆に支援対象に含める内容になっていた。

 実際のリスクを直視せずにデザインされた対策は、かえって感染拡大を促す愚策になりかねない。専門家たちに取材すると、同じような省庁間のコミュニケーションの壁は、観光を所管する国土交通省、海外との往来再開を所管する外務省などにも見られるのだという。

札幌市のスナックで、昼にカラオケを楽しむ高齢の利用者。店では客数を限定したり、歌唱スペースをビニールで囲ったりするなど感染対策を施している=6月16日
札幌市のスナックで、昼にカラオケを楽しむ高齢の利用者。店では客数を限定したり、歌唱スペースをビニールで囲ったりするなど感染対策を施している=2020年6月16日
 もちろん、厚生労働省や内閣官房にはリスク事例が蓄積されている。だが、省庁をまたぐと途端に現場の情報はおろか、肝心の危機意識も共有されなくなるのだ。危機管理の要諦は意思決定プロセスの一元化にあるが、コロナ対応が始まって10カ月が経とうという今でも、従来通りのセクショナリズムの壁に阻まれているのだ。