須東潤一(詩画アーティスト・タレント)

 僕は過去に一度だけ、母校である長野県松川高校(県立)で講演会を行ったことがあります。そのとき、話題にしたのが自分の経験から「環境で人間は作られ、チャレンジが人間を成長させる」という内容でした。

 今回その、環境で人間は作られる方の話なのですが、何か今までの自分を変えようとか、本当の自分を探すために旅に出るなんて行動はまさに無理やりにでも自ら環境を変えているということになります。

 そういった行動をした時点で明らかに今までの自分ではないため、変化はすでに起こっています。もちろん、どんな変化になるのかはその時点では誰にも分かりません。良くも悪くもどんな自分になろうと、前向きに受け入れる覚悟がなければいけないと思っています。

 ただ、本当の意味での「変わる」とは、単に行動を起こせばいいというものでもなく、その後の自分の心情と向き合うことだと思います。

 行動は起こした、じゃあ後は変わって何をするのか、変わったから今後は何をしていきたいのか、何にチャレンジしていくのか、結局は自分に問いかけることが必要となります。そうでもしないと、せっかくの行動もただの思い出作りで終わってしまいます。

 悩んだり、迷ったりしているときほど大胆に動き、うまく行動を起こせたときほど慎重に考えていく。そんな環境変えは眠っている自分と向き合うよい機会を与えてくれます。違う面から自分を発見したり、違う自分になれたりもします。

 以前、俳優として舞台を経験したときには、稽古と本番では全然違う感覚に出会えました。それは用意された稽古場と劇場の「場所」という環境が明らかに違ったからです。

 役の人生を生きると言ってしまえば単純ですが、そう簡単な話でもなく、メソッド演技(役の人格になりきる)なんかを下手に習うと公私の区別はなくなり、犠牲にすることが多々増えます。役を深く読み解き、役に合う環境に自らを変える覚悟が俳優という仕事なんだなと思いました。

 本当の意味で役を生きるとは自分の内面と向き合う孤独な環境であり、その環境というものがまさにその役という人間を作っていくんだなと実感しました。

 しかし、このコロナ禍ではそういった環境変えの意味合いが少し違ってきます。徐々に日常が戻りつつあるとはいえ、まだまだ自粛が余儀なくされ、自分の意思とは無関係に否応なしに環境が変わってしまいました。
ベンチでたたずむ須東潤一氏(シンクバンク提供)
ベンチでたたずむ須東潤一氏(シンクバンク提供)
 会いたい人にも会えず、行きたい場所へも行けず、そんな中で自分と向き合う時間が増えていき、まさに今コロナ禍という未曽有の環境で新しい人間は作り出されていきます。誰も望んでもいなかったこの環境で生きていかなければならなくなりました。