田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 今から20年前の話になるが、専修大教授の野口旭氏との共著『構造改革論の誤解』(東洋経済新報社)や拙著『日本型サラリーマンは復活する』(NHK出版)などで、景気の持続的な悪化と自殺者数の増加の関係について詳説したことがある。当時は、著名な評論家から「あまりにも自殺の原因を単純化して考えている」という批判を頂戴した。

 確かに、人が自死する動機は他人からは測りがたい側面がある。ただ個々人のケースを尊重することと、経済政策の失敗が自殺者を増やすことは両立するし、後者の要因が日本ではあまりにも軽視されていると思ったのも事実だった。

 その後、公衆衛生学の進展などで、不況の中で緊縮政策を採用することが、自殺者を増加させてしまうことがより確固たる事実として鮮明になってきた。日本でも、伊ボッコーニ大教授のデヴィッド・スタックラー氏とハーバード・メディカル・スクールのサンジェイ・バス氏の『経済政策で人は死ぬか?』(草思社)が注目を浴びた。

 野口・田中説もスタックラー氏らも共通しているのは、不況そのものが自殺者を増やすということではない。不況を放置し、深刻化させる政府・中央銀行の緊縮政策の採用が、自殺者数を増加させるのである。

 不況の初期段階では、ハードな仕事から離れることができたり、交通量が減ることなどで環境が改善して、人々は心身ともに健康になるかもしれない。だが、失業が長期間放置されれば、それはうつ病や社会的地位の喪失感などで自死を激増させてしまう。

 失業は自然現象ではなく、政府や中央銀行が対応可能な問題だ。不況における自殺者の増加に関しては、政治家や政策担当者の責任が強く問われるのである。

 新型コロナ危機は感染抑制のために経済活動を厳しく制限した。都市封鎖(ロックダウン)や日本の緊急事態宣言だけではなく、今も「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」を十分に取るように推奨されている。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
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 また、観光業や娯楽関係、飲食サービスなどでは経済再開の力は弱く、先行きが不透明だ。経済が低迷すれば、もちろん雇用にも大きく悪影響が及ぶ。

 リスボン新大のユードラ・リベイロ氏は最近の展望論文で、新型コロナ危機による世界的な失業率と自殺者を推計した研究を紹介している。それは、世界的な失業率が4・9%から5・6%に上昇すると、年間約9570人の自殺者が追加的に増加してしまう「高」シナリオと、失業率が5・1%に上昇し、それに伴う年間自殺者数が約2135人増加する「低」シナリオの二つだ。