黒沢文貴(東京女子大現代教養学部教授)

 舞鶴引揚記念館(京都府舞鶴市)が所蔵する資料は、海外からの邦人の引き揚げ、特にシベリア抑留に関わるものですが、この抑留と引き揚げの問題は、日本人にとって戦後の歴史の中で、本来は極めて馴染み深いものです。

 ご存じの方も多いかと思いますが、シベリア抑留とは、第2次世界大戦の終戦後、武装解除された日本人捕虜や民間人たちが、当時のソ連・モンゴル領内に移送され、強制収容所に抑留されて労働に従事させられた歴史的事実のことを指します。

 その数がおよそ60万人にのぼることから、家族や親戚の中に、シベリア抑留からの帰国者がいる方も多く、ある種国民的な歴史の記憶と言えるでしょう。二葉百合子さんたちが歌われた『岸壁の母』が有名ですね。

 ただ、戦後50年、60年、70年、今年は75年という節目ですが、このように時が経つにつれて、当時の記憶が徐々に薄れてきていることは言うまでもありません。

 そうした中で、5年前の2015年10月に、舞鶴引揚記念館の所蔵する資料570点が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶(世界記憶遺産)」に登録されました。世界記憶遺産に登録されたことで、舞鶴引揚記念館の資料が、人類が共有すべき世界的に重要な資料として認定されたわけですから、改めてシベリア抑留と引き揚げに関する歴史をわれわれが知る、よいきっかけになったと思います。

 また、戦後の長い間、特に1950年以降は国内唯一の引き揚げ港となった舞鶴市の市民の方々、抑留者や引き揚げ者を、真心をもって温かく迎えた歴史を持つ舞鶴市民にとっても、この歴史の記憶がかなり薄れつつありました。

 こうした中で、自分たちの故郷の歴史を再認識する機会にもなったわけであり、その意味でも、ユネスコへの登録はとても意義深いものであったと思います。歴史の舞台となった場所に、歴史博物館があるということは、その地域にとっても重要なことです。

 第2次世界大戦に関係する歴史は、現在に近い近現代の戦争をめぐる歴史であるだけに、常に敵味方や戦勝国と敗戦国、さらには加害と被害という観点から語られることの多い歴史です。そうした視点がどうしてもつきまとうだけに、記憶遺産としては本来、非常にハードルの高い分野であったと思います。
舞鶴引揚記念館に所蔵された資料の価値について語る東京女子大の黒沢文貴教授=2020年9月11日、京都府舞鶴市(iRONNA編集部、西隅秀人撮影)
舞鶴引揚記念館に所蔵された資料の価値について語る東京女子大の黒沢文貴教授=2020年9月11日、京都府舞鶴市(iRONNA編集部、西隅秀人撮影)
 過去に登録された近現代史の分野の記憶遺産といえば、たとえばナチスによるユダヤ人迫害を逃れ、ドイツからオランダ・アムステルダムに移り隠れ住んだ少女アンネ・フランクによる『アンネの日記』がありますが、これを記憶遺産とすることに、あえて異論を唱える人はいないでしょう。

 ですが、シベリア抑留や引き揚げとなると、そもそも終戦時になぜ約660万人もの軍人を含む在外邦人が存在したのかという問いを抜きにしては語れないこともあり、歴史認識をめぐる対立の中に引き込まれる可能性が高いため、そもそも記憶遺産に挑戦するには困難なテーマであったと思います。