そもそも論として、拒否できる権能が政府側にあるのだから、それを行使したことは批判にあたらない。政治的な思惑で批判されているのだろうが、その次元でしかない。個人的には、またこんなつまらない問題で国会の審議時間を浪費するのか、とあきれているだけだ。

 日本学術会議が既得権を荒らされたので、抗議するのは分かるが、これまた国民には無縁な話だ。既得権、つまり会員になる権威付けが、そんなに「うまい」のだろうかという感想しかない。

 日本学術会議が明日なくなっても、ほとんどの国民にも研究者にも関係がない。「学者の国会」という意味不明な形容があるが、多くの研究者はこのオーバーな形容に噴き出していることだろう。

 今回の会員候補たちが、日本の科学者たちに事前に提示され、選出されたわけでもない。勝手に日本学術会議の内部で、既得権や忖度(そんたく)にまみれながら選んだだけだろう。

 むしろ「学者の記者クラブ」とでも言うべき存在だ。本家の記者クラブのメンツと同じように、自分たちが選ばれたわけでもないのに「国民の代表」だと勘違いして、官房長官らにくだらない質問を繰り返し、「巨悪と対峙(たいじ)している」と悦に入る記者たちと大差ない。

 「学問の自由」も侵されないだろう。むしろこの機会に、政府の影響を完全に離れた組織になるのはどうだろうか。年間10億5千万円が政府支出として日本学術会議にあてがわれ、また日本学術会議会員は非常勤の特別職国家公務員でもある。

 政府にすがって権威付けされていながら、自分たちの既得権を侵されたことで大騒ぎすることが、いかに知的な醜悪さを伴っているか。権威にすがる学者には分からないかもしれないが、多くの国民の率直な感想は、税金にあぐらをかいている学者たちに厳しいだろう。一言でいえば、甘えきっているのである。

 ちなみに、10億5千万円をポスドクや院生など若い研究者たちにまわせ、という意見を見たが、それでは足りない。無償の奨学金拡充とともに、どかんと何千億円も増やすべきだ。こんな少額では若手研究者も大して救えない。
日本学術会議の新会員任命拒否問題について、首相官邸前で抗議する人たち=2020年10月3日午後
日本学術会議の新会員任命拒否問題について、首相官邸前で抗議する人たち=2020年10月3日午後
 さて、この日本学術会議は、最近でも経済政策に関してはまさに知的腐臭の強い提言を繰り返してきた。例えば、東日本大震災での復興増税への後押しである。