清義明(フリーライター)

 猛暑が続いていた8月末、大阪の御堂筋で、とあるデモが行われた。

 この御堂筋でのデモは特別に珍しいものではない。主催者によるとその数は600人。しかし、このデモが一風変わっていたのは、ディープブルーのTシャツをそろえてまとった参加者たちの大半が、中国系の人々であったことだ。

 「新型コロナウイルスの真相を伝える」との目的で行われたこのデモは、中国共産党を批判し、そしてディープブルーに49個の星が並んだ旗を多数押し立てていた。その旗が示すものは、今年6月4日に米国で発足したばかりの政治団体「新中国連邦」であった。

 その中でデモ隊は「新型コロナウイルスは中国共産党がつくったバイオ兵器である」との主張を連呼していた。宣伝トレーラーや街宣車をも使い、中国共産党の人権弾圧を非難するスローガンを掲げていた。

 「日本人よ、目覚めよ」と、そしてプラカードには「日本人は中国共産党と立ち向かうべきだ」と書かれてもいる。日本の国旗をバッジのようにシャツにつけている人もいる。

 結成されたばかりの米国の政治団体がなぜ、大阪で600人と言われる少なくない数の人々を動員できるのか。デモ隊が出発した集会場所である公園には、大きなステージまで組まれていた。日本で行われるデモの中では大がかりな規模である。だが、このデモは日本のメディアはほぼ全くと言っていいほど報じることはなかった。

 日本語で報道したのは、反中国共産党の宗教団体が運営する「大紀元」や、その信者ないしシンパによって運営されているという『新唐人テレビ(NTDTV)』、『看中国(ビジョンタイムズ)』といったいくつかのニュースサイトなどだ。

 それらのニュースサイトは、どこか発音がぎこちない日本語の吹き替えと字幕がついた動画を日本人視聴者向けに提供している。そして、もう一つのニュースサイトが『Gニュース』である。媒体名につけられた「G」は、2014年に米国へ亡命した中国の実業家、郭文貴(グオ・ウェングイ)の名前の「GUO」から付けられている。

 新中国連邦は、その郭が立ち上げた政治団体だ。そして、その仕掛け人は、トランプを大統領に導いた立役者といわれる、元大統領首席戦略官のスティーブン・バノンである。

 メキシコ国境の壁建設を目的としたクラウドファンディングにおいて、多額の募金を私的流用したとしてバノンは逮捕されたが、トランプの次に中国へさまざまな仕掛けを行っているのがこの郭と新中国連邦である。

 ちなみにバノンが逮捕されたのは、この郭が所有する、約30億円という価格がつけられた超高級ヨットの船上であった。
東京都内で講演するスティーブ・バノン氏(岡田美月撮影)
東京都内で講演するスティーブン・バノン氏(岡田美月撮影)
 また、先日米国に事実上亡命した中国人女性科学者の閻麗夢(イェン・リームン)によって新型コロナウイルスは中国の武漢の実験室で作られたという科学論文が発表されたが、これもこのバノン、郭の2人の企てに間違いはないだろう。香港大でウイルス研究をしていたと称するイェンは、もともと米国の保守系メディアなどで「新型コロナウイルスは中国が意図的につくりだしたものだ」という説を唱えた。

 そしてそれを根拠として、新中国連邦のデモでも聞かれたように新型コロナウイルスはバイオ兵器であるとの説が米国で流布された。日本でも、ネットではこの情報がいくつか見受けられた。

 しかし、この主張には科学的根拠がないと医・科学者からの指摘が多数あり、当初はうさんくさい陰謀論の類いだった。それからしばらくたって、イェンが科学的な証拠を出すと言って出てきたのがその論文だった。

 これがどのように評価されたかといえば、結果は散々なものだった。ゲノム科学の専門家である東海大医学部の中川草氏は、ハフィントンポストのインタビューに答え、この論文を一般科学論文の体裁も満たしていない「荒唐無稽」な論文と切り捨てている。

 世界のメディアも、おおよそこの論文には懐疑的だ。例えば英国の公共放送BBCではこの論文のファクトチェックを行い、「ウイルス研究者以外からはもっともらしく見える論文かもしれないが、論証に耐えうるようなものではない」というコロンビア大のウイルス研究学のアンジェラ・ラスムッセン博士のコメントを出している。他にも、疫学者や細菌病の権威の学者から「査読されたものではない」「実証されたとはいえない」などのコメントを紹介している。