渡邊大門(歴史学者)
 
 桶狭間の戦いや長篠の戦いのような野戦は短期間で決着し、戦闘経過が分かりづらい。その反面、兵糧攻めは戦いが長期に及ぶので、戦闘経過の詳細詳が分かるケースもある。意外に史料も豊富である。そもそも兵糧攻めとは、どういう戦いだったのだろうか。

 兵糧攻めとは文字通り「敵の兵糧補給路を断ち、兵糧を欠乏させることによって打ち負かす攻め方」のことであり、「兵糧詰め」「食攻め」ともいう。中世においては、築城技術が発達した戦国時代に多用された作戦である。では、兵糧攻めには、どんなメリットとデメリットがあったのだろうか。まずは、攻撃側から確認しよう。

 第1のメリットとしては、将兵の消耗が少なくて済むという点だ。野戦などで敵と交戦すると、死傷者が続出するのが常であり、決して避けることができなかった。しかし、兵糧攻めは基本的に敵の城を攻囲するだけなので、籠城側が果敢に戦いを挑んでこない限り、将兵の死傷者が少なくて済む。

 第2のメリットとしては、敵の補給路を断つこと、それに伴って情報も遮断することができるという点である。敵は兵糧や武器がなくなると、当然長く籠城を続けることができない。また、情報が入手できなくなると、不安に陥るのは当然であろう。こうして敵は、最終的に降参せざるを得ない状況に追い込まれた。

 籠城戦のメリットは、中国古代の兵法書『孫子』にあるように、「戦わずして勝つ」という点にあろう。

 次に、攻撃側のデメリットを考えてみよう。大きなデメリットは、長期戦になる点である。長期戦になることにより、兵糧や武器の調達が長期にわたるなど、多大な財政支出を必要とした。

 また、暑い夏、寒い冬になると暑さ寒さが堪え、長期にわたる籠城戦は困難になる。同時に、将兵の士気を維持するのが難しく、ときに戦場から故郷へと逃亡する者もいた。

 したがって、攻撃側は籠城戦が長期間にわたるという覚悟はあったに違いないが、できるだけ早く敵の城を落城させる必要があった。戦いの途中で攻撃側の兵糧や武器が不足し、攻囲を解いて自国に逃げ帰る例は少なくない。兵站(へいたん)の準備は、先述した通り非常に重要な意味を持ったのである。

 次に、籠城側のメリットとデメリットを考えてみよう。まずはメリットである。

 第1のメリットとしては攻撃側と同じく、将兵の消耗が少なくて済むという点である。基本的に出撃することは少なく、城に籠っているだけだからである。とはいえ、ときには敵の虚を突いて、出撃することはあった。

 第2のメリットとしては、堅牢な城に守られているため、少ない将兵で大軍と対抗できた点である。野戦では将兵の数が勝敗のカギを握ることが多いものの、籠城すれば少ない兵でも十分に渡り合えたのである。
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※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)
 第3のメリットとしては、第2のメリットを生かしつつ、援軍を期待できるという点である。援軍のことを後巻(うしろまき)という。城内の将兵と援軍とで敵を挟撃し、撤退させることも十分に可能だった。

 デメリットは攻撃側と同じく、食糧や武器の調達が困難になることだ。攻撃側は、まず城の周囲に付城を築き、交通路を遮断する。同時に水の手を断った。やがて、籠城側の食糧や武器が尽き、降参に追い込まれる。援軍が来れば状況は異なるが、来なければ(あるいは近づくことができなければ)敗北は必至だった。