パシニャン首相は「トルコ軍がアゼルバイジャン軍を支援して戦闘に参加しており、トルコ軍のF16によってアルメニア軍のSu25が撃墜された」と発表した。

 さらに、トルコはシリア内戦での反政府勢力からジハード戦士の傭兵を募り、アゼルバイジャン側に送り込んでいると主張するのである。パシニャン首相はこの戦いを「キリスト教vsイスラムの戦い」に例えた。トルコ、アゼルバイジャン両国は即座にこれを悪質なデマだと否定し、パシニャン首相とマクロン大統領を激しく非難した。

 だが、シリアの戦闘員をアゼルバイジャン側に加勢するために派遣したという話は瞬く間に世界に広がり、日本の主要なメディアも全て追随した。これは今回の戦闘における、最大の「プロパガンダ戦争」の始まりだった。

 筆者自身も現地にいるわけではないから、以下はあくまで論理的に見て、これはあり得ないという見立てであることを留意されたい。

 シリア内戦でトルコが支援する反政府勢力の多くは、イスラム系スンニ派のジハード組織である。しかし、アゼルバイジャンのアリエフ体制は、そもそも父のハイダルが共産党と秘密警察である国家保安委員会(KGB)の幹部だったことから分かるように、イスラムに限らず宗教が政治に出てくることをひどく警戒している。そのため、友邦トルコにイスラム主義政党の公正・発展党政権が誕生した2000年代以降、エルドアン政権のイスラム主義志向には接近しなかった。

 心情的には「民族の義兄弟」と言いつつ、リアルポリティクス(現実政治)では一定の距離を保ってきたのである。そのアゼルバイジャンにとって、シリアなどから来るスンニ派の戦闘員というのは、テロリストと同義であるから受け入れる可能性はない。もちろんトルコもそのあたりの機微を熟知しているから、シリアから戦闘員を送ることはない。これはアルメニア側が国際社会の同情を買うためのフェイクニュースであると思われる。実際、戦闘が開始されて2週間がたっても、シリアから送り込まれた戦闘員の証拠は出ていない。

 このフェイクニュースに信ぴょう性を与えたのは、トルコが北アフリカのリビアへも傭兵の戦闘員をシリアから派遣したという情報である。この問題に深入りする余裕はないが、リビア内戦に関してトルコは、国連が承認している暫定政権側を軍事的にも支援している。この軍事支援には、もちろん国会の承認を得ているから周知の事実だ。
トルコ・イスタンブールで演説するエルドアン大統領=2020年8月(AP=共同)
トルコ・イスタンブールで演説するエルドアン大統領=2020年8月(AP=共同)
 リビアで反政府側の軍閥であるハリファ・ハフタル将軍派を、ロシアは傭兵派遣企業を通じて兵員を派遣している。トルコもそれを知っているので、同等の活動を展開するためには傭兵企業を通じてシリアから戦闘員を派遣することは、戦略としてあり得ることになる。こうしたリビアへの傭兵派遣の話から、今回のアゼルバイジャンへの類推はロシアの報道にも見られた。なぜならリビアで対立するトルコの行動にロシアが不快感をもっていることは明らかだから、当然、この種の報道はロシアからも出たのだ。

 しかし、ロシア政府はトルコを名指しして、ナゴルノ・カラバフ戦争に関与しているとは言わない。そこには同盟国ではないが、ケース・バイ・ケースで協力せざるをえない両国のあうんの呼吸がある。トルコ空軍のF16による、アルメニア空軍機Su25の撃墜報道も同じで、その後、確たる証拠が出ていない。だが、10月8日、ナゴルノ・カラバフに近い、アゼルバイジャン国内にあるギャンジャ国際空港にトルコ空軍のF16が民間の人工衛星によって確認されたという報道がなされた。