2011年6月の政治資金パーティーで、当時大阪府知事だった橋下氏は、大阪都構想のことを「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と説明している。ゆえに大阪市民にとって都構想はそれほど喜ばしいものではないことは、このコメントを見るに確かである。では大阪市からむしりとった税金が周辺自治体にまわることで大阪市民以外の地域福祉が充実するのかと言えば、ほとんど強く実感できるものはないのではないか。大阪市営地下鉄民営化など、既に大阪都構想のスタート地点で掲げられていた内容は実施されている。せいぜい吉村知事が新型コロナの指標として通天閣をライトアップした程度の恩恵が受けられるか否かであろう。

 そして先月23日に開かれた会見で松井市長は「『僕の時代に』もう二度と都構想の話はしない」、「(都構想の住民投票に)負けたら政治家としては終了です」と表明した。一方で吉村知事は「都構想が否決されたから(政治家を)辞めるとは考えていない」と語っている。ただその後、10月6日に吉村知事は「大阪維新の会としても、再度の住民投票は『難しい』」とも語っている。

 議員経験者の私がこの文言を解釈すると、これは「また住民投票するかもしれません」というようにしか聞こえない。橋下氏が「住民投票は二度としない」と断言しても、維新は平気で再チャレンジしたのだ。それゆえ維新は都構想が可決されるまで、エンドレスに住民投票を実施するだろう。

 それは橋下氏が言っていたように、維新議員の存在意義が大阪都構想に他ならず、大阪都構想を諦めることは維新の存在意義が消滅してしまうことになるからだ。だからこそ、そのようなことを維新議員たちは容認するわけにはいかない。

 それゆえに私は大阪市民の皆さんにこうアドバイスをしたい。「大阪都構想への理解がまだ深まらないのならば『今回は』投票を見合わせてはいかがですか」と。

 本来であれば「投票にはぜひ参加してください」とお伝えすべきだが、大阪市民にとっては見切り発車で決断してはならない大切な局面である。それに住民投票に参加しないという判断は、賛成派ないし反対派の議員双方に「NO」をつきつけ、議員の説明に問題があるという意思表明にもなる。

 最後に一つ、私の個人的な希望を述べたい。もし住民投票で大阪都構想が可決されても、大阪府という名前を「大阪都」に変えないでほしい。東京でビジネスに一定期間携わった大阪府民はなんとなく分かると思うが、もはや東京都と大阪府の差は詰め切れないところまで離れている。残念なことに、既に大阪府は県内総生産で日本全国では2位ですらない、東京都民に「私は大阪都民なんです」と自己紹介をする場面を想像したら気恥ずかしくて仕方ない。
多くの人で賑わうミナミの様子=8月15日、大阪市中央区(須谷友郁撮影)
多くの人で賑わうミナミの様子=2020年8月15日、大阪市中央区(須谷友郁撮影)
 東京都民に「東京に何を憧れてんだよ」と失笑されそうだし、大阪府民の東京コンプレックスがそこまでむき出しになるのも嫌だからだ。もちろん、一般論として東京コンプレックスを持ち、それをバネに歯を食いしばって頑張る大阪の姿は素晴らしいと思っている。

 そして何よりも「大阪府」という地名には、大阪府民の歴史や文化が詰まっている。それゆえ特に必要ないのであれば名称変更はやめて欲しい。何も東京のまねっこをしなくとも、大阪府には魅力的な誇れるものが数多く存在するのだから。「大阪府」という名称は雅(みやび)だと私は思う。大阪府民はそんなに「大阪府」という名称を嫌っていないはずなんだけどな。