今村浩(早稲田大社会科学総合学術院教授)


 去る10月2日に公表されたドナルド・トランプ米大統領の新型コロナウイルスへの感染は、合衆国大統領職にある者の健康状態と職務遂行能力という問題を浮き彫りにした。現在トランプ氏は、本人の言うような免疫獲得の有無はともかくとして、大規模選挙集会を再開できるほどには健康を回復しているようである。

 しかし、今回の騒ぎは、伝染病以外にもさまざまの理由で大統領が執務不能に陥る可能性自体は常に存在するのだということを、改めて思い出させてくれた。この問題について、法規定や過去の事例を探ると共に、いよいよ大詰めの選挙情勢に少し触れたい。

 まず念頭におくべきは、公選公職が任期満了を待って一斉に改選されることが原則である米国では、補欠選挙は例外的であり、任期途中に公選職が欠けた場合、何らかの補充で残りの任期をつなぐことが通例だ。合衆国大統領が執務不能になった場合については、当初の合衆国憲法には基本的に副大統領の昇格以外には特に定めがなかった。大統領だけでなく副大統領も欠けた際の措置は、当初特にとられないまま140年以上が経過した後、修正第20条、第25条において、さまざまの場合についての規定が追加されている。

 また、法律のレベルでは、1792年、1886年、1947年に大統領職務継承順位を定めている。最初の1792年法では正副大統領が共に欠けた場合の補欠選挙も規定されていたものの、一度も実施されずに終わった。現在は正副大統領には補欠選挙の制度は存在しない。かなり煩雑にわたる経緯を省いて、現在の憲法上の制度を整理すると以下のようになる。

 副大統領が健在のときについては、以下の通りだ。

・大統領が死亡、辞任、弾劾裁判で罷免の場合、副大統領が、単なる職務代行ではなく正式の大統領に就任する。

・副大統領が一度昇格して大統領に就任した後は辞任した大統領が復職することはできない。

・大統領に意識があり、執務不能と大統領本人が判断すれば、権限を副大統領に委譲し、回復すれば復帰する。

・大統領が意識不明か、執務不能と周囲が見ているのに大統領本人がそれを認めようとしない場合、副大統領が閣僚の過半数の賛同を得て、下院議長と上院仮議長に大統領が執務不能であると通告した上で大統領職務執行者となる。

 次に副大統領が欠けた状態の場合はどうだろうか。

・大統領が健在であれば、連邦議会の同意を得て、副大統領を指名し補充できる(現在までに2例)。

 ただ、これについては憲法修正第25条が1965年に提案され、その後に成立するまでは空席となった副大統領を補充する方法はなく、副大統領が死亡したり大統領に昇格した場合、次の大統領選挙まで空席のままであった。最後に、正副大統領ともに不在か執務不能のときの手続きを見てみよう。

・1947年の大統領職務継承法が定めた職務代行順位に従い、職務代行者が置かれる。

なお現在の継承順位は、下院議長、上院仮議長(通常は上院多数党の最古参議員)、

国務長官以下順に財務、国防、司法、内務、農務、商務、労働、保健、住宅都市開発、運輸、エネルギー、教育、退役軍人、国土安全保障の各省長官。

退院後、ホワイトハウスに戻ってマスクを取るトランプ米大統領=2020年10月5日、ワシントン(UPI=共同)
退院後、ホワイトハウスに戻ってマスクを取るトランプ米大統領=2020年10月5日、ワシントン(UPI=共同)
 法律上の手続きを確認したところで、過去の事例について見ていくことにしよう。憲法修正第25条が成立するまで、大統領が執務不能の場合の継承については、合衆国憲法には詳細な規定がなかった。