加藤朗(桜美林大リベラルアーツ学群教授)

 日本学術会議の任命問題の本質は、学問の退廃、そしてその結果としての民主主義の衰退と権威主義の台頭がある。この利害関係者の間でしか盛り上がらない「学問の自由」をめぐる論争の背景には、荒漠たる思想的、政治的虚無が広がっている。この憂慮すべき状況に関して、筆者の個人的体験を交えながら思うところを記したい。

 日本学術会議の支持派は、政府の任命拒否を「学問の自由」に対する侵害だと言って非難している。筆者としては、何十年ぶりかで「学問の自由」が声高に叫ばれるのを聞いた気がする。ただし、かつてとは異なり、否定的な意味でだが。

 70年安保前後に全国の大学で吹き荒れた学生運動では、「学問の自由」を盾に自らの特権的地位や知識を独占しようとする大学教授に対し、全国の学生が「学問」とは何か「自由」とは何かを問いかけ、そして文字通り物理的に「象牙の塔」を破壊し、権威にまみれた「似非(えせ)学問の自由」を粉砕した。一方で、一部の勢力は「学問の自由」を守れと主張し、これが結果的に警察権力の介入を招いた。

 東大安田講堂の落城と共に、日本の大学の「学問の自由」も「大学の自治」もとどめを刺されたのだ。それゆえ今さら「学問の自由」を守れと連呼されても、守るべき「自由」も「自治」もとっくの昔に死に絶えている。

 学生運動が鎮静化する70年代半ば頃までは、大学教職員は「学問の自由」を守ると呼号して、資本家や資本主義に奉仕する「産学協同」や、ましてや自衛隊との「軍学協同」には断固反対を主張していた。しかし、いつのまにか産学協同は産学連携と呼び方を代え、今では大学は反対するどころか積極的に受け入れている。寡聞にして、日本学術会議が「学問の自由」を守るために産学連携に反対したと聞いたことがない。

 しかし、日本学術会議が一貫して反対していることがある。それは自衛隊との軍学協同や軍事研究である。特に日本学術会議だけが反対しているわけではない。少なくとも冷戦が終焉(しゅうえん)するまでは、全国のほとんどの大学で軍事研究は忌避されてきた。研究だけではない。

 軍学協同反対の立場から、当時の防衛庁、自衛隊やその関連研究所に所属する研究者や自衛官は学界、大学からパージされてきた。軍事研究反対の実態は、研究目的よりもむしろ研究者が「軍」に所属していることで忌避された軍学協同反対というのが実態である。

 例えば、73年に設立された防衛学会(現在は国際安全保障学会と改称)に対抗して、同年に設立された日本平和学会は、いまだに以下の差別条項を掲げている。

第4条:本会への入会は会員2名の推薦を要し、理事会の議を経て総会の承認を得なければならない。また、在外会員(留学生は除く)については、しかるべき研究機関の推薦状によって会員2名の推薦に代替させることができる。ただし、本会の研究成果が戦争目的に利用されるおそれのある機関あるいは団体に属するものは原則として入会できない。

当時東京都中目黒にあった防衛庁防衛研究所=2000年9月
当時東京・中目黒にあった防衛庁防衛研究所=2000年9月
 筆者は大学院生のときにこの平和学会に入会していたが、81年に防衛庁防衛研修所(現在の防衛省防衛研究所)に入所したことで退会させられた。その後96年に大学に移ってから、縁あって何人かの会長経験者に「ただし書き」の意図を直接尋ねたことがある。しかし、いずれも言を左右にして明確には答えてもらえなかった。