2020年11月04日 13:55 公開

米大統領選で争う、77歳のジョー・バイデン前副大統領と74歳のドナルド・トランプ大統領のこれまでを写真で振り返る

青年時代

ドナルド・ジョン・トランプ氏は1946年6月、ニューヨークの不動産実業家フレッド・トランプさんとメアリー・アン・マクロイド・トランプさんの間に4番目の子供として生まれた。

大富豪の息子だったが、父親の会社で下働きを経験。学校での素行不良が問題になり、13歳のときに軍隊式の教育をする寄宿学校に入学した。

ペンシルヴェニア大学に進学し、父親の事業の後継者と期待されるようになる。兄のフレッド・ジュニアさんはパイロットになる。

ジョーセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア氏は1942年、アイルランド系カトリック教徒の家庭の4人きょうだいの長男として、ペンシルヴェニア州スクラントンで生まれた。

幼いジョーは吃音(きつおん)に苦しみ、鏡の前で話す練習などを重ねることで、高校時代にようやく克服した。

デラウェア大学の後、ニューヨーク州のシラキュース大学ロースクールへ進んだ。

最初の妻ニーリアさんと結婚した後、デラウェア州ウィルミントンで政界入りする。

1970年代

トランプ氏は父親から「ささやかな」100万ドルを借金して、不動産業に入ったと自分で話している。その後は、父親の会社に入り、ニューヨーク市で多数のマンション開発事業にかかわり、やがて社長になる。1971年には会社を「トランプ・オーガナイゼーション」と改称した。

6年後にチェコ出身のモデル、イヴァナ・ゼルニコワさんと結婚。イヴァナさんとの間に生まれたドナルド・ジュニアさん、イヴァンカさん、エリックさんは現在、トランプ・オーガナイゼーションに関わっている。


バイデン氏は1972年にデラウェア州から連邦上院選に出馬し、初当選する。その翌月の12月半ばに、交通事故で妻と1歳の娘ナオミちゃんが死亡。2人の息子、ボーさんとハンターさんも重傷を負う。

バイデン氏は翌年1月、息子たちの病室で就任宣誓した。

1980年代

1970年代後半にトランプ氏は、ニューヨーク市のブルックリンやクイーンズ地区に加え、中心部マンハッタンの不動産開発に乗りだす。老朽化したホテルを買収してグランドハイアット・ホテルに様変わりさせた後、目抜き通りの5番街に68階建ての「トランプ・タワー」を建設した。トランプ・タワーは1983年に開業した。

ほかにも「トランプ」の名前を冠したビルがマンハッタン各地に次々と登場し、マスコミの注目を集めるようになった。

しかし全てが成功したわけではなく、4つの事業については破産申請した。

ワシントン政界入りしたバイデン氏は新人議員として活動しながら、妻と娘を失った家族の生活を立て直そうとした。幼い息子2人のため、毎日ワシントンから地元デラウェアに通勤し続けたことは、よく知られている。

やがて教師ジル・ジェイコブスさんと再婚し、娘アシュリーさんが生まれた。

上院司法委員会で次第に頭角を表し、全国的な知名度も上がっていく。1987年には初めて大統領選に出馬したものの、演説原稿で当時のニール・キノック英労働党首の演説から盗作したと批判され、撤退した。

1990年代

トランプ氏は不動産業だけに飽きたらず、興行の世界にも進出する。1996年にはミス・ユニバース、ミスUSAなど複数の美人コンテストの権利を獲得した。

私生活ではイヴァナさんと離婚し、1993年に女優マーラ・メイプルズさんと結婚した。メイプルズさんとの間には娘ティファニーさんが生まれるが、1999年離婚。同年には、父フレッドさんが亡くなった。

「自分にとって父親が理想で憧れだった」と、トランプ氏は当時述べている。

1991年10月11日、多くのアメリカ国民はテレビ中継される最高裁判事の公聴会にくぎ付けになっていた。共和党のジョージ・ブッシュ大統領に指名されたクラレンス・トマス判事に、性的嫌がらせを繰り返されたと、オクラホマ大学のアニタ・ヒル法学教授が宣誓証言していた。トマス判事とヒル教授は、レーガン政権で一緒に働いた元同僚だった。

上院司法委員会の委員長として、バイデン氏が審議を指揮した。ヒル教授の証言の扱い方は、その後長いこと批判された。

公聴会の委員は全員が白人男性で、ヒル教授の主張を裏づける用意があると名乗り出た複数の女性を、バイデン委員長は証人として呼ばなかった。

2019年4月のテレビインタビューで当時について質問されたバイデン氏は、ヒル教授の受けた扱いについて「申し訳なく思う」と話した。

2000年代

トランプ氏は2003年、マスコミによく出るビジネスマンとしての知名度を生かして、米NBCテレビの新しいリアリティー番組の「顔」になった。「ジ・アプレンティス」は、トランプ氏の会社に管理職になりたい人たちを競わせるものだった。

14シーズンにわたり番組の司会を続け、計2億1300万ドルの報酬を得たと申告している。

この間、2005年にはユーゴスラヴィア出身のモデル、メラニア・クナウスさんと結婚。夫妻の間にはバロン・ウィリアム・トランプさんが生まれている。


バイデン氏は2008年にも大統領選に出馬したが、早い段階で撤退した。民主党候補になることが決まったバラク・オバマ氏は同年8月23日、バイデン氏を副大統領候補に指名した。

オバマ氏とバイデン氏は正副大統領として2期8年間を務め、親しい間柄となった。バイデン氏はしばしばオバマ氏を「兄弟」と呼んでいる。

2010年代

トランプ氏は2015年6月に大統領選出馬を発表した。共和党からはトランプ氏の資質を疑う声が相次ぎ、10月初めには女性に対するわいせつ行為を自慢するような2005年当時の音声が公表された。

世論調査も民主党のヒラリー・クリントン氏の優勢を予想し続けたが、トランプ氏は支持者に対して自分が勝利し、ワシントンの「沼をさらい」、政界の主流派に打撃を加えると約束。

多くの予想を覆して勝利したトランプ氏は、2017年1月20日に大統領になった。

任期満了での退任を目前にしたオバマ氏は2017年1月13日、文民に与えられる米国で最高の栄誉、「大統領自由勲章」をバイデン氏に授けた

「ジョー・バイデンを知るということは、虚飾のない愛を知ること、自分を顧みない奉仕を知ること、そして人生を豊かにたっぷりと生きることだ」と、オバマ氏は述べた。

オバマ氏とバイデン氏のパートナーシップは成功した。しかし、バイデン氏は2015年に、46歳の長男ボーさんを脳腫瘍で失うという衝撃的な悲劇を経験した。ボー・バイデンさんは米政界の将来を期待され、2016年にはデラウェア州知事に出馬するものと見られていた。

2020年

2020年の大統領選は新型コロナウイルスのパンデミックのさなかに行われた。アメリカではこれまでに23万人以上が亡くなり、大統領自身も感染した。メラニア夫人と息子のバロンさん、複数の政権関係者の感染も確認された。

3日の投開票日に向けてトランプ氏は、ロックダウンなど不要だと主張し、激戦州で支持集会を開き続けた。

パンデミックに関する両候補の溝は深く、バイデン氏は大統領の対応を、被害者への「侮辱」だと強く非難していた。

「たとえ私が当選しても、このパンデミックを終わらせるには、大変な苦労が必要になる。就任初日から、正しい対応を始める」と述べていた。

感染や投票所の混乱を恐れる有権者は、1億人以上という記録的な規模で、期日前に大統領選の投票を済ませた。

(英語記事 US election 2020: Trump and Biden pictured through the years