村田晃嗣(同志社大教授)

 来年年明の1月22日、核兵器禁止条約がいよいよ発効することになった。今年10月にジャマイカ、ナウル、ホンジュラスが批准し、発効に必要な批准国数が50カ国に達したためだ。同条約は原子力の平和利用は禁止していないが、将来的な核兵器の全廃をめざす初めての包括的な国際条約である。17年にはこの条約を推進してきた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞している。

 だが、「唯一の被爆国」日本はこの条約の交渉に参加していないため、締結も批准もしていない。もちろん、核兵器をめぐってさまざまな国際的世論が喚起され、市民団体が活動することは歓迎すべきことであろう。また、日本政府も「核兵器の廃絶」という究極の目標は共有している。しかし政治や外交の世界では、目標と並んで「手段」や「プロセス」が重要である。

 そのため日本の立場や国益から鑑みると、核兵器禁止条約はそれらと一致しない。逆に言えば、このような方法では核廃絶という目標は達成できないというのが日本政府の認識であろう。ドイツの社会学者であるマックス・ウエーバーが指摘したように、行為の結果を予見して行動し結果に責任を負う「責任倫理」こそ政治には求められる。逆に核兵器禁止条約の立場は、自らの信じるままに行動することに価値を見いだす「心情倫理」に近いかもしれない。

 まず、日本はアメリカ、ロシア、中国、それに北朝鮮という核保有国に囲まれており、韓国ですら一部から核兵器開発を求める声がある。これら核クラブの中で、日本の国益や価値観の多くを共有し、日本の防衛に深くコミットしているのはアメリカのみである。当然日本としては、こうした戦略環境の中で自国の安全をどのように保持するかを最優先して考えなければならない。

 アメリカによる拡大抑止(いわゆる核の傘)の信頼性を確かなものにしつつ、周辺諸国の核戦力の段階的な削減を促す知恵と努力こそ日本には求められている。もちろん現在の国際情勢下では、核兵器はますます使いにくいものになってはいる。しかし、拙速な核軍縮プロセスにより、国際情勢において戦略的不安定が生じてしまう可能性も十分にある。

 その意味では、核兵器の全廃の前に水平(核保有国)と垂直(核の保有数)の両方向での不拡散が重要であり、北朝鮮の核開発によってほころびが目立つ核拡散防止条約(NPT)体制の再建こそが課題である。北朝鮮という一国の核開発さえ阻止できない状況で世界の核兵器の全廃を唱えることは、失礼ながらどこかむなしさを覚える。
「核兵器禁止条約」の第1回交渉会議に日本政府が参加しなかったことの是非を市民や観光客に問うシール投票=2017年4月15日、広島市中区(撮影 鈴木哲也)
「核兵器禁止条約」の第1回交渉会議に日本政府が参加しなかったことの是非を市民や観光客に問うシール投票=2017年4月15日、広島市中区(鈴木哲也撮影)
 アメリカのドナルド・トランプ大統領が18年に破棄を表明し、翌年に失効した米露の中距離核戦力全廃条約(INF)失効後の軍備管理についてもより包括的な議論が必要である。だが、何も核兵器だけではない。中国やロシアによる通常兵力の増強も、安全保障上の深刻な懸念事項である。