かくして、韓国における旭日旗糾弾はどんどん拡大し、とりあえず旭日旗のように見える意匠なら何でも糾弾の対象になる、という段階にまで至っている。2012年には京畿道高陽市の駅前広場の設計が旭日旗に似ているとかで問題となった。昨年は、人気アニメ「ワンピース」に「旭日旗」のような旗が登場するという理由でイベントが中止になりかけたりした(結局、イベントは実施)。今年に入っても釜山市民公園にある歴史館の天井の模様が「旭日旗」に似ているとして変更されたりしている。

 さて、「旭日旗」を非難する韓国人も、なぜか「日章旗」や「君が代」には目くじらを立てない。冷静に考えれば、国旗である日章旗のほうが、軍旗であった「旭日旗」よりも、よっぽど「大日本帝国」を象徴するものだったはずである。かつて植民地だった朝鮮にも日章旗は翻っていたわけであるし、植民地下の朝鮮人は「君が代」を歌わされていたわけである。

 しかし、彼らは日章旗を掲揚し、君が代を歌う日本人を非難しようとしない。ソウルの日本大使館の前などで日章旗を焼いている過激な市民団体の示威行動が報じられることがあるが、そうした韓国人はごく一部である。イベントなどに用いられる万国旗にも日章旗が含まれているし、公式の場で日章旗が掲揚される場合も多いが、これに文句をつける韓国人はいない。

 日本には学校行事における日章旗の掲揚や君が代の斉唱に反対している教職員がいるが、韓国人はそうした運動にもまったく無関心である。彼らは「自国の国歌や国旗を敬愛するのは当たり前である」という(日本とは異なる)教育を受けているため、日本人が日章旗を掲揚したり、君が代を斉唱しても、ある意味、当然と捉えているのである(ただし、韓国人が同じような行動をとれば非難の対象になるだろう)。こうした理由から、彼らが「日章旗」や「君が代」を敢えて「日本帝国主義の象徴」と見なそうとしていないのである。このことからも、韓国人が何らかの事象を「日本帝国主義の象徴」と見なす基準が、かなり恣意的であることがわかる。

 韓国では「〇〇は日本帝国主義の残滓である」「〇〇は日本帝国主義の象徴である」といった「糾弾対象探し」が常に行われている。最近でも朝鮮日報(6月11日付け)に「日本の小学生が背負っているランドセルは帝国主義の残滓である」という内容のコラムが掲載された。コラムを執筆した記者は大真面目に「帝国主義日本の陸軍歩兵が担いだカバンをまねた(ものが)ランドセルだった」「(ランドセル)日本軍国主義精神を小学生に教えることにあった」などと書いている。

 まあ、韓国人が何を「日本帝国主義の象徴」と見なそうが韓国人の勝手であると言われれば、それはそうであると言うしかない。ただし、いつ何時、予想もしなかった文物が「日帝の象徴」として韓国人の糾弾の対象になる可能性があるということは知っておいたほうがいいだろう。