第四問  2015年の「正論」とは


 ここで今日の日本の言論事情について考える。

一、戦前の日本の正義を主張することは結構だが、戦前の日本がすべて正しかったように言い張る日本人は真に愛国者といえるか(ア  )。それとは逆に、日本の悪を指摘することは良心的だが、その悪を誇張して外国に向け宣伝する人は、へつらいを行なっている人ではないのか(イ   )。
二、日本国内だけで「正論」を唱える人が多いが、それだけでよいのか(ウ  )。国内の反日気分の人たちだけでなく広く外国人をも説得することが大切なのではないのか(エ  )。
三、しかし下手な外国語で抗議して誤解を招くよりは黙っている方がよい(オ  )。いや、下手でも抗議する方がよい(カ  )。日本に好意的な外国人に真意を伝えてその人に外国語で説明してもらう方がよい(キ   )。
四、左翼系・右翼系を問わず、新聞や雑誌が、はじめから「結論ありき」の掛け声だけ大きな論客の文章をさかんに印刷するが、はたしてそれだけでよいのか(ク   )。

結論


 ナチス・ドイツと手を握った軍国主義日本が悪者扱いされたのはやむを得ない。しかし近衛文麿首相にせよ、東條英機首相にせよ、ヒトラー・ドイツによるユダヤ人虐待は知っていたとしてもユダヤ人絶滅計画の実行については、当時の日本人のほとんどすべてと同じく、なにも知らなかったのではないか。昭和日本ではまだ武士道という倫理が説かれ、人種絶滅を実行しようとする政策を容認するはずは全くなかった。しかし相手がいかなる独裁国家であろうとも、敵の敵は味方という論理で同盟は成立する。アメリカがソ連と手を握ったのはソ連が民主主義国であったからではなく、敵の敵は味方という論理によってであろう。

 日米戦争直前の日本側の開戦回避の努力が空しかったのは、当時の米国国務省関係者に日本を蔑視し、日本を理解していない者がいたこととも関係があるのではないか。しかし日本についての情報を英語文献に頼る傾向はその後75年経っても必ずしも変わっているとは言えないようである。今回声明を発したようなself-righteous(独善的)な歴史家集団の日本認識は日本語文献にきちんと目を通しておらず判断は政治的先入主に基づくものであり、ほとんど人種差別的といえるものではないか。しかし声明に署名した人々もそのうちに「一抜けた、二抜けた」とマグローヒルの世界史教科書の出鱈目に頭のよい人ほどはやく気づいて声明支持を撤回するであろう。

 なお彼らアメリカの史学者たちのために弁明すれば、このような歴史教科書を出まわらせたについては、責任の一半は、いままでの日本国内の『朝日新聞』をはじめとする意図的なミスリーディングの結果にある。しかし政治的情念にひきずられ、あまりにも大きなをふくむ日本批判のプロパガンダを繰り返すうちに『朝日新聞』は信用を失った。『朝日新聞』は誤報の蓄積の重みに耐えかねていわば自壊したのである。

 またこの種のバランスを失した日本批判を繰り返すうちに韓国政府も信用を失うであろう。世界各地に慰安婦像を建てようとする人たちの主張は、女性の人権保護の名を借りた反日運動である。かれらの主張がもし普遍的に通用し得るものであるなら、その主張は日本でも歓迎されるはずである。その正義について確信があるならば朝日新聞社社員も少し募金をつのって、日本国内でも朝日新聞社の社屋の正面に慰安婦像と吉田清治像を建てるがいいだろう、そして「二度とこの過ちは繰り返しませんから」という碑銘をそれに添えるがよいだろう。

 しかしそのように言われてもなんらの返答もできない大新聞社とは一体何であろうか。

 また『朝日新聞社』の支持や庇護を得られなくなった「良心的」な学者や記者が、あたかも言論弾圧の犠牲者のごとく外国で振舞うのは苦々しいかぎりである。そうした人の家の前にも慰安婦像を建てたい気がするが、その人たちの子供や孫ははたしてそうした「良心的」なご先祖の行動を将来よしとするだろうか。そうした人たちこそ女性の人権を救うと称して日本と韓国の関係を深く傷つけた偽善的な人たちなのではあるまいか。その人たちの行動は当初は善意に始まったのかもしれない。しかし「地獄への道は善意で敷き詰められている」(The Road to Hell is paved with good intention)とはこのことであろう。

 いまや問題の核心は日本国内でなく外国世界に移った。「二十万人の性奴隷という神話をいかにして打破するか」(How to Debunk the Myths of 200000 Sex Slaves)が肝心だ。それを上手にやらねばならない。アメリカの特派員の中には日本左翼の主張を繰り返して、安倍首相による言論弾圧と喧伝している者もいる。それならば野党代表が積極的に記者会見を開いてアメリカ歴史教科書についての意見をすなおに述べればよいのである。私は鳩山由紀夫、菅直人氏らを切り捨てた後の民主党が再生するには、日本に対する中傷を退ける主張を堂々と行えば内外の多くの人の共感を得るであろう。Honesty is the best policy(正直は最善の策)とはこのことである。
(2015年4月14日)

注1 それだから私はSukehiro Hirakawa, Japans Love-Hate Relationship with the West(Global Oriental)や『平和の海と戦いの海』でグルーと斎藤實夫妻や鈴木貫太郎について書いたのである。
注2 Joseph Roggendorf, Between Different Cultures, a memoir, Global Oriental, 2004, p62. ヨゼフ・ロゲンドルフ『異文化のはざまで』(文藝春秋、一九八三、90頁)。なお日本訳には平川が修正をほどこした箇所がある。
※シンポジウム「『歴史戦』をどう闘うか」(日本戦略研究フォーラム主催)基調講演に加筆したものです。

ひらかわ・すけひろ 1931(昭和6)年東京都生まれ。1953(昭和28)年、東京大学教養学部教養学科卒業。フランス、ドイツ、イタリアに留学し、北米、中国、台湾などで教壇に立つ。平成4年、東京大学名誉教授。著書に『和魂洋才の系譜』(平凡社)、『アーサー・ウェイリー「源氏物語」の翻訳者』(白水社)、『ダンテ「神曲」講義』『西洋人の神道観』『日本の正論』(河出書房新社)、『竹山道雄と昭和の時代』(藤原書店)『市丸利之助伝』(肥前佐賀文庫)、『日本人に生まれて、まあよかった』(新潮新書)等多数。