松岡亮二(早稲田大准教授)

 「新型コロナ禍で教育格差は拡大するのでしょうか」と、聞かれることが増えました。私はその都度、具体的かつ建設的な議論をするために5つの重要な前提を共有することにしています。

 1つ目は、「教育格差」の定義です。育った家庭の経済的、文化的、社会的な資源量で構成される社会経済的地位(Socioeconomic status、以下SES)、出身地域、性別などの子供本人が選択したわけではない初期条件である「生まれ」によって、学力や最終学歴といった教育成果に差があることを「教育格差」と呼びます。

 次に、「教育格差」は近年だけの現象ではないことです。たとえば、程度の差は多少ありますが、戦後に生まれ育ったすべての世代で、SESの代理指標である父親の学歴と子供の学歴達成に関連があります。同様に、出身地域が大都市部であると地方出身に比べて大卒になる傾向があります。性別による結果の格差は近年縮小してきましたがなくなったわけではないですし、有名大学や専攻分野間の男女の偏りはいまだにかなり大きい実態があります。

 3つ目は、「教育格差」の一部である「子供の貧困」も、近年だけの現象ではないことです。メディアが報じるようになった2008年以前、たとえば、景気が良かった1980年代であっても相対的貧困下にある子供たちは数多く存在しました。

 4点目は、個人の経験で「教育格差」を論じる危うさです。「生まれ」による学力などの差は小学校入学前から確認できますし、98%の児童が通う公立の小学校間にもさまざまな格差があります。個人の経験が日本全体の「ふつう」とは限らないので、自身の経験や目に入るエピソードだけで望ましい教育や政策を考えると、議論の出発点であるべき現状認識がそもそもずれていることになります。

 最後に、日本が「凡庸な教育格差社会」であることです。他国におけるエピソードの一部を切り取って「日本の教育は平等だ」という主張を耳にすることがありますが、日本の「生まれ」と教育成果の関連の度合いは経済協力開発機構(OECD)加盟国と比べて特別に高いわけでも低いわけでもありません。平凡です。

 これら5点を前提とすると、冒頭の質問に対する回答は、「コロナ禍で教育格差が拡大している可能性はあります。まずは調査で実態を把握する必要があります」となります。

 面白みのない回答と思われたでしょうか。確かに、現状把握の不足という指摘そのものは手っ取り早い高揚感を与えてくれません。しかし、少子化とはいえ、1学年100万以上の子供がいます。そんな規模の「日本の教育」を変えたいのであれば、社会全体の現状を可能な限りそのまま把握する必要があるはずです。私はそう信じ、データが描く日本の実態を議論の出発点にするため、『教育格差:階層・地域・学歴』(ちくま新書)を著しました。

 病気になったらまず診断をしてから治療に移ります。新しく開発された花粉症の症状を抑える抗ヒスタミン薬が骨折に効かないように、適切な現状把握がなければ、対策に効果は期待できないわけです。しかし、日本の教育行政では、実態把握が弱いまま対策が提言され、それらの効果も計測しない、という「やりっ放し」が繰り返されてきました。

 コロナ禍の一斉休校についても、学校、学年、学級などでオンライン教育への対応に相当な違いがあると報じられましたが、文部科学省は不十分な実態調査しか行っていません。その上、この調査の単純集計の結果をそのまま鵜呑みにして報じるメディアも散見されました。

 具体的に紹介しましょう。文科省は公立校の設置者である教育委員会を対象とした調査、「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」を4月に、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた公立学校における学習指導等に関する状況について」を6月に実施し、集計結果を公表しました。
文部科学省の外観=東京・霞が関
文科省の外観=東京・霞が関
 「同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習」が注目され、4月時点の「5%」という数字が盛んに報じられましたが、この数値にはいったい何の意味があるのでしょうか。