日本帝国は正しかった


 ──共産主義と言えば、占領軍として日本に来た、いわゆるニューディーラーたちもその系統の人たちですよね。

モーガン 私は祖父も含めて、アメリカ軍の全員がヒーローだと考えていました。勇敢に戦ったことは尊敬しております。しかし、今考えているのは、それとは正反対のことです。まだ心の整理ができておらず、矛盾しているのですが、日本側のほうが正しかったと思うことがあります。なぜアメリカがあの戦争に参加したのかを考えると、ニューディールの宣教師としての役割があったのではないかと思います。世界にそれを広めるために、言い換えればルーズベルト大統領の目的を達成するために、何十万人の犠牲者を出してまで日本と戦ったのは、本当にアメリカにとって正しい行動だったのか、深く疑問を抱いています。当時の米政府、特に連邦政府は共産党ばかりでしたね。共産党を敵にした日本帝国は間違いなく正しかったです。

 ──左翼思想を持ったニューディーラーたちが、日本にもその思想を根付かせようとした、ということでしょうか。

モーガン ルーズベルトには、もともとそうした考えがあったのかもしれませんね。

 ──欧州の戦争に国民を参加させるために、裏側の太平洋(バックドアーズ)から戦いに行ったと言われていますが、いかがですか。

モーガン それは一石二鳥ですからね。大西洋の戦争に参加できれば、ロシアの負担が軽くなり、日本と戦争を始めたら、ロシアの負担が半分軽くなるわけですからね。

 ──当時のアメリカは、中国に対してはどのような認識を持っていたんでしょうか。ヨーロッパの帝国主義に支配されていたり、日本に痛めつけられているかわいそうな国としてのイメージが強かったのでしょうか。

モーガン その通りだと思います。中国自身がもっとしっかりしていたら、というか、もっと為すべきことをしていれば、帝国主義の標的にはならなかったと思います。

 ──日本はアヘン戦争を見て、一刻も早く近代化を成し遂げなければいけないと考え、富国強兵、殖産興業を目標にして、何とか植民地にならないで済みました。だから朝鮮半島と中国と手を携えて欧米列強に備えようとした。それぞれ有力なグループと手を組みましたが、うまくいかずに、かえっていろいろと恨まれることになってしまいました。

モーガン 賛成です。日本にも日本の都合がありますが、ヨーロッパの帝国主義から朝鮮半島を守るために植民地にしたと考えると、朝鮮は日本に対して感謝するべきだと思います。朝鮮半島の半分が、現在の中国のような独裁社会にならなかったことだけでも、日本に感謝するべきだと思いますよ。まあ、事はそう簡単ではありませんが。

 ──日本で気になる人はいますか。

モーガン 田母神俊雄さんですね。以前、早稲田の講演会で話を聞いてとても面白かった。ユーモアのある方です。

 ──何かにつけ率直な人ですよね。でも田母神さんが好きだとか、面白いと言うと、右翼のレッテルを貼られる風潮がありますけど。

モーガン そうですね……日本の伝統に興味を持つと。もうすでに札付きの右派ですからね(笑)。あとは安倍晋三さん、石原慎太郎さんも気に入っています。

日本に対して侮辱的


 ──モーガンさんは、幕末の志士のような志を持っておられるのですね。ちなみに日本の歴史についてはどのような書物から学ばれたのですか。

モーガン もともと天邪鬼なところがあって、アメリカで言われていることに対して反発したというのがあります。「これは全部違う。自分でゼロから学びはじめるぞ!」という下剋上の気持ちから始まったのかなと(笑)。ですから独学です。米国の学者のものも読みましたが、たとえばジョン・ダワーさんなどは、自分の思想に合う資料を集めて、そこから書くという手法を感じます。まずは政治的な解釈があり、そこから始まる。平川祐弘先生がダワーの『敗北を抱きしめて』という本について批評していますが、それは非常に面白いですよ。その論文を読んで初めてわかったんですけれども、『敗北を抱きしめて』というのは日本に対してあまりにも侮辱的だと思います。だって負けてよかったなんていう気持ちなど、あり得ないです。

 ──ダワーさんの『容赦なき戦争』は、日米戦争は人種戦争という色合いが非常に強かったと指摘していて、大変面白かったんですけどね。

モーガン 太平洋戦争は確かに人種戦争でしたね。米側のプロパガンダを見ると、日本人を猿にしたり、虫にしたり、そのようなものばかりでした。

 ──あのイメージは、やはりルーズベルト大統領個人の中にもあったのでしょうか。

モーガン そうだと思います。彼はアメリカで聖人扱いされていますが、人種差別感情は激しかったと思います。ルーズベルトは大変裕福な家庭で生まれ育っていましたので、周りの人に対して、特に黒人や貧しい人に対して侮蔑する気持ちがあったのではないかと考えています。貧しい人々のために働いているというイメージもありますが、それを鵜呑みにしてはいけないのではないかと。

 ──日本に対する警戒心といいますか、我々の目から見ると「ええ、そんな風に見てるの」と驚くくらいに「過大評価」していますよね。世界征覇を夢見ているとか……。

モーガン そうですね。

さすが昭和天皇


 ──それはやはり差別意識があるからこそ、逆に恐怖心が芽生えたのではないかと思います。いま『昭和天皇実録』が刊行されはじめましたが、昭和天皇は日米戦争の最大の理由は「排日移民法」だと述べられています。つまり日本人の移民を排斥する運動が、法律になったことが決め手だったと。アメリカに対して好意を持っていた日本人も、「なぜ日本人だけをそんなに差別するんだろう」という思いが募ってきたという背景があったのでしょうね。同じ時代を生きた人たちは、よく見ているものだと感じました。それと貿易戦争になってきますよね。ホーリー・スムート法ができてブロック経済に入っていく。

モーガン さすが昭和天皇、よく見ていますね。ちなみに私が一番不満を持っている点は、昭和天皇に対する扱いです。アメリカでは、昭和天皇がヒトラーのように扱われていますが、とんでもない。陛下は非常に観察の鋭い、頭のよい、優しい、人間性にあふれた、本当に立派な天皇でいらっしゃったと私は思っています。しかし、現在はあまりにもアンフェアな解釈をしている学者が多いですね。陛下は、あの戦争を仕掛けたのではなく、戦争を回避するためにあらゆることを行なわれました。昭和天皇はもう一度、キチンと見直される必要があるのです。

 ──日本のリベラルな人たちやジャーナリズムもひどいものです。「米国の教科書で慰安婦は天皇の贈りもの」なんて記述した“三文教授”がいましたが、これなんか日本の左翼の口移しなんでしょうね。

モーガン はい、そもそも帝国主義を悪いものとして考えている学者がほとんどですが、それは果たして本当に正しいのか。たとえば慰安婦問題などに関する声明を発表した187人の研究者は〈民主主義のために歴史解釈を前向きにしましょう〉と述べていますが、民主主義はそれほどまでによいものなのか。民主主義は原爆を投下したんですよ。民主主義は東京を空襲したんですよ。その民主主義が無罪であり、理想のものだと考えている学者が多いのですが、帝国主義はそのようなことはしていません。だからこそ偏見を改めるべきだと言いたいですね。

民主主義への過剰信仰


 ──ヒトラーを生んだのも民主主義ですからね。

モーガン まさにその通り、民主主義です。ヒトラーは逆に帝国主義者カイザーを裏切り、民主主義を主張して独裁者になったのです。スターリンもある意味では民主主義です。毛沢東も民主主義。あの北朝鮮も民主主義です。民主主義はそれほど理想的なものではないと思います。

 ──「人民民主主義」「人民解放軍」……。

モーガン 人民解放軍は矛盾していますよね。

 ──米国が生んだアメリカンデモクラシーを大切にしたいというのはわかりますが、世界中にその考えを広げようとして……。

モーガン どうしてイランやイラクで民主化ができないのか、そういうところから始めないといけませんね。傲慢にも日本を民主化したのはアメリカだと主張していますが、イラク戦争のときには民主化を止めようと言っていますので、どっちですかと。民主化が本当に理想であれば、イラクも民主主義化してもいいのではないかと言いたいですね。民主主義への過剰な信仰が昭和天皇のよさを隠しているのではないかと考えています。その偏見を捨てて、昭和天皇を見直すべきではないでしょうか。

 ──少し話題を戻しますが、日本研究を行われているうちに法社会学に向かわれたとのことですが、それにはきっかけがあるのですか。

ロースクールを卒業した頃の祖父
モーガン そうですね。これもまた祖父の話ですが……祖父はニューオリンズの貧しい家庭に生まれました。子供の頃、曾祖父が第一次世界大戦に参加し、生きて帰ってきたのですが、いろいろあって、祖父と曾祖母の二人暮らしになったと聞いています。そこで祖父は学校を辞めて、食材の配達や、日雇い労働のような仕事をしていました。それからしばらくして、太平洋戦争が勃発し、海軍に入り、戦争が終わったらアメリカに戻って働いて、朝鮮戦争勃発とともに、また海軍に入って……。そして朝鮮戦争が終わったら、帰国して、中学校、高校、大学、ロースクールと進学し、12年かけて弁護士になりました。

 ──すごい努力家ですね。

モーガン 弁護士になってから、先ほどお話ししたことを私に聞かせてくれました。だから法律にも興味があるのでしょうね。あとは日本で翻訳の仕事をしていたときに、契約書の翻訳も行っていましたので、法律って面白いと感じたこともありますね。それで法律制度について勉強を始めたという次第です。

 まず判例に興味がありましたので、末弘先生について勉強をしました。法社会学全般としては川島武宜先生なども研究しています。

 ──最初に日本に来られたときは、どこの大学へいらっしゃったのですか。

モーガン 最初は名古屋外国語大学ですね。そこで半年くらい日本語を勉強し、そこから名古屋大学に研究生として入り、明治維新や歴史について学びはじめました。

 ──そのころから本格的に研究生活に入られたのですね。

モーガン そうですね。15年くらい前の話ですね。

 ──名古屋には何年ほどいらっしゃったのですか。

モーガン 1年半弱ですね。

 ──それからまたアメリカにお帰りになる。

モーガン そうですね。帰国してからは、出来る限りアジアに近いところで、英語で勉強ができる大学を探していました。そこでハワイ大学か香港大学に行きたいと考えたのですが、ちょうどそのころにSARSが発生しましたので、香港大学ではなく、ハワイ大学へ行くことを決めました。ハワイ大学は二年ほどですかね。修士課程でしたので。