重村智計(東京通信大教授)

 「大工殺すに刃物はいらぬ、三日も雨が降ればいい」との言葉がある。朝のN H K連続テレビ小説「エール」にも登場した劇作家の菊田一夫は「役者殺すに刃物はいらぬ、ものの三度も褒めればいい」と言った。この言葉を借りると「韓国黙らすには刃物はいらぬ、日朝正常化すればいい」となる。

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の外交は、現在のところ文字通り四面楚歌状態だ。北朝鮮は「文在寅を相手にしない」と宣言し、米国と中国からは「米中どちらにつくのか」と迫られ、日韓関係も過去最悪である。

 そもそも日韓関係をここまで悪化させたのは、韓国最高裁が元徴用工への「慰謝料支払い」を日本企業に命じたためであり、この判決は「文大統領が指示したもの」と識者の多くは考えている。最高裁長官が地裁の所長から抜てきされた人物であること、韓国司法の歴史などを考えればこの判決は「大統領の意向」がなければ到底下されない判決だ。

 それらを鑑みると、韓国には「司法の独立」は事実上存在しない。韓国政府は元徴用工判決を「司法の判断」とごまかしているものの、大統領府それ自体が、これまで重要な裁判や政治的事件において判決に介入した歴史があるのだから説得力がない。私自身もソウル特派員時代、その現場を目撃している。

 徴用工問題は本来、文大統領が解決・処理すべきであり、韓国政府自身の問題なのだ。

 長年にわたり日韓外交が行き詰る中、韓国国家情報院の朴智元(パク・チウォン)院長が11月10日、菅義偉(すが・よしひで)首相と会談した。また、菅首相は3日後の13日にも韓日議連の韓国政治家たちと面会している。さらに、韓国大統領府の徐薫(ソ・フン)国家安保室長が訪日するとの報道もあった。

 こうした韓国の高官や政治家たちによって立て続けに行われた菅首相との会談の背景には、韓国内で展開されている「政治闘争」に菅首相を利用しようとする思惑がある。とはいえ、自民党幹事長の二階俊博氏や、二会派で日韓議員連盟幹事長の河村建夫氏もこの茶番劇に加担しているのだからたちが悪い。

 日本で首相が交代すると、ソウルの政界では「誰が最初に新首相に会えるかの手柄争い」がまず展開される。自分が「日本通」だと宣伝し、自国の大統領に売り込むためだ。もちろん、それに加えて安倍晋三前首相の間に停滞していた日韓関係を改善させるきっかけとして、菅首相への期待感が高かったこともある。

 韓国側としては政権交代が日本政府の態度軟化に繋がるとの期待感が広がっており、そのためソウルでは「菅首相との面会」の先陣争いが繰り広げられていたのである。
韓国の国会で施政方針演説をする文在寅大統領=2020年10月28日(聯合=共同)
韓国の国会で施政方針演説をする文在寅大統領=2020年10月28日(聯合=共同)
 しかし、日韓関係が現状のところ緊張状態にある中で、韓国閣僚や政治家に新首相を会わせれば韓国側に「菅は甘い」との誤ったメッセージを送る危険があると日本政府側は考えなかったのだろうか。むしろ会わせないようにしたほうが、日本政府の継続した不快感を伝えるいい機会だった。
 
 もっとも、韓国政治家たちの真意について、毎日新聞が報じていたが、日本政府高官は「あざとい(政治家たち)」と見破っていた。また、韓国の保守系日刊紙の世界日報は、韓国の政治家たちの訪日を「自己宣伝のため」と指摘し「国家や国民のためではなかった」と批判している。日韓共に、どちらも核心を射た分析である。