杉山崇(神奈川大人間科学部教授)
麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)

司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者)

 最終回の今回は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長引く生活の中、図らずも普及してしまった新しい価値観やライフスタイルが、個人や家族にどう影響するのかについて話し合ってもらった。

 そして、個人や家族の集合体である社会、または国はどういう方向へ進むのか。先の見えない状況が続く中、どう振る舞うべきかを提示したい。
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梅田 今回のコロナ禍では、日本における同調圧力と村社会性があらわになった話題も多いですよね。お盆には、青森に帰省したら「さっさと帰れ」と書かれた中傷ビラが玄関先にあったという「八つ墓村」の時代のようなニュースも報じられました。

杉山 こういうことは昔からあったんでしょうね。

麻生 あそこの家は感染者が出た、出ない、みたいなことで引っ越しを余儀なくされた家庭もありました。

梅田 それはあからさまに言われるんですか? 

麻生 感染者が出た際の発表については厚生労働省の基本方針にのっとり、氏名を公開しない形で自治体、事業所、学校などで行われていますが、地方では「あの人だ」と個人を特定できるそうなんです。それで、ここでは子供が生きづらいということなって、引っ越したというケースがありました。ほかに、家族に感染者を出したことを苦に自殺したというデマが流れることもあったそうです。かなりひどいですね。

梅田 デマは東日本大震災のときも目立ちました。社会が混乱したときに、こうした問題が起こるのは仕方ないのでしょうか。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
杉山 人間は分からない事態が怖いんですよ。だから情報を求めるんです。間違った情報であっても、まことしやかに聞こえてくると、飛びついて分かったつもりになりたがる。要は安心するために情報を得たい。それは錯覚なのですが、人間の心理にはそういうところがありますね。