2020年12月13日 13:24 公開

サイモン・ジャック  BBCビジネス編集長

経済記者として私は常日頃、多くの企業幹部と話をする。その多くは、イギリスの欧州連合(EU)離脱に関する国民投票でどう投票したかによらず、EUと通商協定のないブレグジット(イギリスのEU離脱)に突入してしまいそうな現状で、経済への打撃を前に頭を抱えている。

イギリス政府が、自国経済のいくつもの産業を危険にさらそうとしているのが、信じられないのだ。

友人の1人が最近こう言っていた。「政治家が国を動かしているみたいに自分が会社を動かしたら、とっくの昔にクビになっている」という財界人が、どれだけ大勢いることかと。

ただし、国は企業ではない。友人もそう指摘していた。企業においては株主利益が重要だが、もっと幅広い色々な理念が、国家運営には関係してくる。EU残留に投票した閣僚も同じ意見で、ボリス・ジョンソン首相が個人的に、そして本当に本気でどういう信念を深いところで抱いているのか、私に説明を試みてくれた。

まず第一に、国民投票にまつわるあれだけの懊悩(おうのう)と、それ以降4年間ものかけひきを経験したのだから、いまさらEUが結局は決定権をもつ状態に落ち着くなど意味がない。

たとえば、EUが労働時間命令で労働者の所定勤務時間を減らしたとする。イギリスが同様の措置をとらなければ、EUは一方的な関税を科すことができる。どれだけ厳しい関税でもかまわない。この権限が「自由」貿易協定によって固定されてしまう。

これは受け入れられない。屈辱的だとさえ言える。政治的なまとまりに欠けていて、これを受け入れてしまえば、英・EU関係の構造的な欠陥をおざなりにやり過ごすことになり、いずれまたヒビが入ることになる。

すでに何かと嘲笑されてきた(編集部注:テリーザ・メイ前首相による)フレーズが、今一度登場するかもしれない。「ブレグジットとは、ブレグジットを意味する」のだと。

振興主義

第二に、ジョンソン首相は関税措置のことを、かつての「2000年問題」のようにとらえている。世界の破滅だという予言が大勢に恐れられ、対応のために巨額の予算を必要としたが、結局のところはたいした問題にならなかった、あの「2000年問題」だ。経済活動は続く。

自動車産業に対する厳しい警告は、大げさだったと後から分かるはずだと。為替変動(ポンド下落)によって、輸出業者への関税は相殺され、輸入業者は今まで以上に材料や部品を国内調達するようになるだろうと。

第三に、振興主義は偽物ではない。ちょっとしたがんばりと順風満帆、英語の国際的な優位性、素晴らしい司法制度や都合の良い時差を活用すれば、イギリスは世界経済で急成長中の地域と連携し、繁栄する方法を見つけられるはずだと、首相は本心から信じているのだ。

ここで挙げた全ての要素に、反論することはできる。それどころか、この4年間というもの、この諸々についてひたすら議論ばかりしてきて、もはやくたびれ果ててしまったという人も大勢いる。

大事なのは、首相がこれを本心から確信しているという、その点だ。特に最初の要素について。

関税についての意見の中には、後日そういう厳しい関税が科せられるかもしれないという話なら、もしも英・EUの対応が乖離(かいり)してしまい妥協点が見つからないようなら、「では関税は後日、そのうちお願いしますと言えばいいではないかというものもある。

言うまでもなくイギリスは現在、300年来最悪の経済後退のさなかにあるのだ。お願いだから、今はやめてください。企業トップはこう叫んでいる。

「かなり無理」

しかしながら、政治家にはビジネスが分からない。本当のところ。今までもずっとそうだったし、もうしばらく前から経済界の言うことをきちんと聞かなくなっていた。政治家にとって譲れないのは政党であり、有権者だ(優先順位もこの場合、この順番どおりだという人もいる)。

もしそうなら間違いなく、合意の可能性などゼロだ。

イギリスがいきなりボールをつかんでゴールに向かって走り出したら、EUは当然ファールと叫ぶ。ファールと叫ぶことが許されないなら、EUはイギリスとの試合を認めない。認めようとは決してしないだろう。今はそういう状態だ。

上述の閣僚は私に、EUとの合意成立は今や「かなり無理」そうだと話した。

ただしこの閣僚は、北アイルランドの状況についてマイケル・ゴーヴ内閣府担当閣外相と欧州委員会のマロシュ・シェフチョビッチ副委員長が解決策で合意にたどりついたことを、成果として指摘する。確かに、ある意味で一時的な解決ではあったが、この合意がなければイギリスは国際法に違反して国際社会から非難される危険があった。

とはいえこの合意は、理念についてというよりは手続きに関するものだった。憲法の原則ではなく、検査や認証などについてのものだった。

妥協策として提案されているものに、なんらかの仲裁機関の設置というのがある。言うなれば、ファールがどれだけ深刻かそこが判断して、ペナルティーを決めるのだ。

しかし、その機関の構成はどうすればいい? EU加盟国の代表数人と、イギリス代表団と、審判? ちょっと待って、それは欧州委員会を作り直しただけじゃないか。

ブレグジット強硬派は、世界貿易機関(WTO)こそ適切な仲裁機関だという。WTOはすでに存在する。

しかし、WTOがEUによる関税を支持したら? 英ウェールズ産の子羊肉の7割についてEUは40%の関税を科す権利、いやむしろ義務があるわけで、これをWTOが支持したとき、ウェールズの畜産農家にいったいどうやって説明する?

同じように、何万トンものイカやサバを「我が海域」で獲ったはいいものの、貿易協定がなければ売る相手がいない漁師に、どうやって説明する?

貿易協定の合意はまだ可能かもしれない。しかし、こうした経済上の利害関係と、首相が必要だと確信する純粋な理念と、どうやって折り合いをつけられるのか、妥協点を見つけるのは難しそうだ。

純粋な理念など幻想だと言う人もいる。すべての国際通商協定は、国家主権の一定の犠牲を必要とするものだ。WTO加盟も同様だ。エアバスとボーイングの紛争を見ると分かる。WTOは結局、米欧の双方に報復関税を認める裁定を下している。自国産業を守るために政府が「好き勝手をする」ことへの相応の報復措置だという判断だった。

というわけで、私たちは今、がけの瀬戸際に立っている。ほとんどのイギリス企業は青ざめている。

パンデミックが過ぎ去るまで、何もかもそっくりまるごと延期するというのは……いや、やめよう。過去の名言を引用するのが大好きな首相なら、ヘンリー・キッシンジャーのこの言葉に同意するはずだ。

「結局そうなるべきことは、直ちにそうなるべきだ」と。

ただし、今そうなれば、一部の産業は打撃を受け、雇用が失われると経済界は主張する。そして、ほとんどの企業トップは絶望してそれを見つめることになる。

(英語記事 Brexit: Businesses despair at prospect of no-deal