木村幹(神戸大大学院国際協力研究科教授)

 「民主主義のためにこそ、徴兵制が必要だ」という議論がある。一部ではこれを「平和のための徴兵制」と名付ける向きもあるようだ。例えば、その主たる論者である国際政治学者の三浦瑠麗は、「論座」に掲載された対談記事で以下のように述べている。

日本自身も抑止力を持つと同時に、何を基準に反撃を踏みとどまるべきかという点も、十分考えなくてはいけない。そうした局面で徴兵制がどこまで効き目はあるかは分かりませんが、少なくとも、対立している国家との局地紛争は避けられる効果があるのではないかと思います。

 なるほど、この議論は研究者による「思考実験」としては、興味深い。確かに自分が戦争に動員され、そこで傷つき、あるいは死亡する可能性があれば、人は戦争を避けるようになるのかもしれない。

 しかし、徴兵制が社会にもたらす効果はそれだけではなく、多様な面に及ぶ。そして世界では多くの国が実際に徴兵制を実施しており、われわれはこれらの国家の事例から、徴兵制が社会にどのような影響をもたらしているかを実際に観察できるはずだ。

 先に触れた対談記事で、三浦はこうも述べている。「例えば韓国では、少なくとも若者にとって、徴兵制の存在が戦争を思いとどまらせる効果は十分にある」。では、韓国では徴兵制はどのような役割を果たしているのだろうか。以下、簡単に見てみることにしたい。

 まず、韓国の徴兵制の歴史について見てみよう。今日の韓国軍は、米国軍政下にあった時代の南朝鮮国防警備隊を前身とし、1948年の大韓民国建国により、正式に「国軍」へと昇格した。

 徴兵制はこの翌年、49年8月に成立した「兵役法」により、20歳以上の男性を対象として導入され、50年1月に最初の徴兵検査が行われている。しかし、この時点での韓国政府は深刻な財政的困難の中にあり、同じ48年に成立した朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)との厳しい緊張下に置かれたにもかかわらず、大規模な軍隊を持つことができなかった。

 だからこそ当時の李承晩(イ・スンマン)政権は、50年3月、過大な財政的負担をもたらす徴兵制を、米国政府と協議した上でいったん廃止し、志願制へと移行することとなっている。このような韓国において、徴兵制が再び導入されたのは、言うまでもなく、50年6月における朝鮮戦争勃発がその理由である。

 開戦当初の韓国軍の敗走と、臨時首都釜山への政府移転、という大混乱の中、制度的な不透明な根拠しか持たなかった「強制招集」の時期を経て、徴兵制が公式に再導入されたのは、51年5月25日における兵役法の再改正によってであった。その後、北朝鮮との厳しい対立の下、幾度もの制度的変遷を経て、韓国においては徴兵制が維持され続けている。
板門店で南北軍事境界線を挟みにらみ合う北朝鮮の朝鮮人民軍将校(奥)と韓国軍兵士=2017年7月(共同)
板門店で南北軍事境界線を挟みにらみ合う北朝鮮の朝鮮人民軍将校(奥)と韓国軍兵士=2017年7月(共同)
 結果、2020年の現在に至るまで、韓国では実に69年間にわたって徴兵制が維持され続けており、現在の韓国に生きる80歳以下の男性はほぼ例外なく、この徴兵制度とそれを定めた兵役法の下、暮らしてきた。

 言い換えるなら、韓国の男性にとって徴兵制とそれによる兵役(あるいは制度的にそれに代わるもの)に関わる経験は、例えば小学校などの義務教育における経験がそうであるように、男性であれば世代を超えて共有されるものになっている。だからこそわれわれはこの事例から長期における徴兵制の実施が社会にどのような影響を与えるかを見ることができる。