この話は与那国のほかの漁師たちが話したこととつじつまが合う。瑞宝丸は利益を上げるために、那覇まで運ぼうとしたのだ。

――尖閣で漁をするとき、ほかと違いはありますか?
「出港前に漁協を通して『尖閣に行く』って伝える。すると臨検される。出航したら、海上保安庁の巡視船がいっぱい並んでぴったりついてくる。5月に行ったときは、島からは500メートルぐらい離れたところ、水深300メートルぐらいの浅瀬でアカマチを釣ってたら、周りを海上保安庁の船6隻、中国公船2隻に囲まれた」

――10トン足らずの船にそこまでたくさんの船がついて回るんですね。驚きました。それで、中国公船の様子はどうだったんですか?
「2千トン級の中国公船が3日か4日ぐらいずっとそばにいた。300メートルぐらいのところまで近づいてきて、そのときはデッキにいる乗組員の顔が見えたね。もちろん手なんて振ってこない。じっと、こっちを見てるだけ」

――中国公船、恐かったのでは?
「もう慣れてるし、こっちには別に何もしない。でもうっとうしいし、内心は恐い。何やってくるかもしれないからよ」

――海保の船はどうですか?
「海保の巡視船はずっと小さいよ。ワンの船と中国公船の様子をやや遠くから見てて。中国公船がワンの船に接近してきたら、途端に割って入ってきた」

――頼もしいじゃないですか?
「わざわざ尖閣まで行って魚が釣れなかったら赤字だから、ちゃんと漁をしないといけないの。なのになんで海保は邪魔をするか? 漁に行く前に臨検までして、着いたら着いたで中国公船が来たからと避難を命じてくる。中国船を阻止できないし、ワンの船の漁の邪魔をする。こっちは何も悪いことしてないのに、ただ魚を獲りにきてるだけなのに」

――国に望むことは?
「避難港を作ってくれたらずっと漁ができる。北小島と南小島の間ならすぐに作れる。海を仕切ればいいだけだから。でも今のままだったら中国に盗られる、そうしたら漁はできないよ。なんでここまで中国に盗られたか。それでもね、ワッター(私たち)の船はこれからも尖閣に行くし、漁をし続けて、島を(漁場)として守るからよ」

 喜納さんは代々ウミンチュの家系である。祖父が現役だった時代には簡単に行くことができた尖閣に、年々行きにくくなっている。 「尖閣諸島における漁業の歴史と現状」(2011 尖閣諸島文献資料編纂会)によれば、1977年に出漁した漁船は164隻にのぼっている。それと比べれば、今は1桁か、多くて十数隻。実に10分の1に激減しているのだ。

 漁船の小型化と少人数化により日帰り操業が主体になっていること、燃料の高騰と漁価の低迷によりよほどの大漁ではない限りコストに見合わないこと。そしてなにより、この海域での中国公船の動きの活発化(公船の接続水域~領海への侵入)が最も大きな原因である。
尖閣諸島周辺の接続水域で確認されたことがある中国公船(第11管区海上保安本部提供)
尖閣諸島周辺の接続水域で確認されたことがある中国公船(第11管区海上保安本部提供)
 ウミンチュたちはなにも悪くない。なのに、日本政府がしっかり守らなかったからこそ、だんだんと行けなくなってしまったのだ。

 日本政府は漁師たちに我慢を強いるのではなく、元の通り、彼らがしっかり漁ができるよう、バックアップすべきではないのか。

 ウミンチュたちのことを「所属不明の漁船」などと言わせてはならない。