須東潤一(詩画アーティスト・タレント)

 昔からある諺(ことわざ)に「目は口ほどにモノを言う」というものがあります。

 言葉でいくら繕っても目を見れば本音かどうかが、だいたい分かってしまうという意味で使われますが、マスク必須の時代で、いわば顔を隠しているようで逆に実は普段より本当の姿をさらけ出している状態が今です。

 そんな中、人と会えない時間が、メールやLINEなどといったツールでコミュニケーションを取る機会が今まで以上に重要になりました。しかし会っているときとは違い、淡白な情報だけのコミュニケーションとなるので体温のないやりとりになります。

 文章力が上手い下手は問題ではなく、この体温がないのが問題です。だからこそ思わぬ誤解も生まれたりします。

 そこで、こんな時代だからこそシンプルに直筆が僕はお薦めです。直筆は、筆圧や大きさや配置などで、書いた人の個性が顕著に出るため、言いたいことがストレートに伝えられます。

 今の時代でも体温の伝わる手紙は、もらえばうれしいものです。届くまでのドキドキ感、受け取るときのワクワク感は、手紙でしか味わえない独特の感情です。

 繰り返しますが、このとき、字が上手いか下手かは問題ではなく、体温があるかどうかが問題です。

 そもそも、メールなどとは違い、直筆は手間がかかります。紙もいるし、ペンもいるし、字を間違えれば書き直したり、そんな時間も割かれます。

 字は書けば書くほど、その人の個性が強く表現され独自の字が確立していきます。僕自身、最初から今の字体だったわけではなく人より多く書き続けた結果、教科書にも載っていない今の“須東体文字”を確立させました。
須東潤一氏の作品(シンクバンク提供)
須東潤一氏の作品(シンクバンク提供)

 字は体を表すという通り、いくら外見を着飾っていても、いくら高価なボールペンや万年筆を持っていても、字に慣れていなかったり、字が汚いというだけでガッカリすることがあります。

 たとえ体温のないメールでもロマンティックな言葉で愛を伝え心動かせていた文章を、手紙で全く同じ文章を書いたときに汚い字だった場合、一瞬で冷めてしまいます。

 そのくらい字は、その人の印象を左右します。ちなみに「下手」と「汚い」は全く別物です。下手でも一生懸命書いているかどうかが体温や想いに繋がります。

 汚いというのは、簡単に言えば字を疎かにしているということです。わざわざ手間をかけて書く自分の字を疎かにすることは、潜在的に自分自身を疎かにしている証です。