濱田浩一郎(歴史家)

 ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)とは、大東亜戦争の罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画のことである。敗戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が日本占領政策の一つとして、心理的に戦争責任を負わせるために行った。

 例えば、CIE(民間情報教育局)は1948年2月、WGIPの第3段階の計画の原案を以下のように作成した。


1、日本政府へのメモの目的は、裁判と判決言い渡しの期間極東国際軍事法廷に日本政府が新聞、ラジオ、ニュース映画の報道のための十分な施設を敷設するよう求めること。

2、これらの追加の設備は裁判と判決言い渡しの間厳重なセキュリティ・チェックを行うために、また占領軍が日本国民に戦争責任を認めさせるという責任を果たすために必要とされる。(中略)敗戦の事実と戦争責任について、日本人の現在および未来の苦しみと窮乏の責任が軍国主義者たちにあることについて、また連合国の軍事占領の理由と目的について、あらゆる階層の日本人にはっきりと理解させること。

3、この目的を達成するためにCIEは占領の当初からWGIP(極秘扱い)を実施してきた。


 占領軍は、言論統制や検閲、プロパガンダ本「太平洋戦争史」(中屋健弌訳)の刊行、映画、ラジオなどの手段を使って、米国は正しく、日本は戦争中に残虐行為をした悪者とのイメージを日本人に刷り込んでいった。そうしたWGIPについては以前より論争の種となっている。

 WGIPの実態を世間に知らしめたその代表的存在は、1999年に自死した文学評論家の江藤淳氏であろう。江藤氏は「閉ざされた言語空間」(文春文庫)で、米国国立公文書館分館所蔵の占領軍関連文書を読み解き、検閲の実施過程とWGIPの不当性を訴えた。前述の「太平洋戦争史」についても「戦後日本の歴史記述のパラダイムを規定するとともに、歴史記述のおこなわれるべき言語空間を限定し、かつ閉鎖したという意味で、ほとんどCCD(筆者注、民間検閲支隊)の検閲に匹敵する深刻な影響力を及ぼした宣伝文書」とした。

 WGIPの不当性や害悪を訴えてきたのは江藤氏だけではない。教育学者の高橋史朗氏もその一人である。高橋氏は「占領軍の指導によって、文部省が『太平洋戦争史』を学校で教えるように、という通達を出しました。ここで完全に歴史の断絶が始まり、パラダイム転換が起きたわけです(中略)国家も個人もアイデンティティーを喪失し、自分がいったい何なのかわからなくなってしまっています」(同氏著「歴史の喪失」、総合法令出版)と論じている。江藤氏や高橋氏は、WGIPが戦後日本人に与えた影響は大きいとする。

 それに対し、歴史学者の秦郁彦氏は著書「陰謀史観」(新潮新書)で「彼(筆者注、江藤淳)の空想力はさらに膨らみ、教科書問題も土下座外交も南京虐殺論争も、すべてCIE製の宣伝文書に端を発する空騒ぎにされてしまった」と述べ、WGIPの影響力を過小評価している。また、「GHQ洗脳説は誤りである」(ムゲンブックス)を書いた若林幹夫氏は、WGIPの影響によってではなく、日本人は敗戦直後からすでに先の大戦を自ら否定的に捉えていたとする。名城大非常勤講師の賀茂道子氏も著書で、WGIPの効き目はそれほど大きくなく、日本人に対する啓蒙活動、意識改革だったと述べている。
極東軍事裁判でウエップ裁判長の判決文の朗読を聞く(前列左より)東條英樹、岡敬純、荒木貞夫、武藤章、(後列左から)平沼騏一郎、東郷茂徳、佐藤賢了、重光葵の各被告=1948年11月
極東軍事裁判でウエップ裁判長の判決文の朗読を聞く(前列左より)東條英樹、岡敬純、荒木貞夫、武藤章、(後列左から)平沼騏一郎、東郷茂徳、佐藤賢了、重光葵の各被告=1948年11月
 賀茂氏などの「WGIP影響力過小評価論者」に対する反論書としては、早稲田大教授、有馬哲夫氏の「日本人はなぜ自虐的になったのか」(新潮新書)がある。有馬氏は、賀茂氏が「WGIPの第3段階は実施されなかった」と主張していることに異議を唱え、当時の新聞・ラジオ放送を検証し、実施されていたことを明らかにした。

 有馬氏は同書で「(賀茂氏は)占領軍が、日本のために、日本人を民主化し、啓蒙するために、WGIPなどの施策を行ったと考えているようですが」と指摘した上で、「(WGIPなどの諸政策は)あくまでアメリカの利益のために、アメリカにとって都合のよい日本に改造するために行われたものです」と結論づけている。この点に関しては、有馬氏に若干の誤解があるようだ。というのも、賀茂氏もWGIPが日本人のために行われた、とだけは考えていないからだ。賀茂氏は言う。


占領期に、日本人に「敗戦の真実」と「戦争の有罪性」を認識させるために行われた情報教育政策「ウォー・ギルト・プログラム」は、「軍国主義を排除して、二度と米国の脅威とならない民主主義国家を作る」という米国の国益のために行われたものである。その一方で人道的理念にも支えられていたものであった。


 ここからは、WGIPによる「洗脳」の影響について筆者自身がどう考えているのか述べていこう。かつて、筆者は「日本会議・肯定論!」(たちばな出版)の第3章の一節「GHQの占領政策が日本人の精神的荒廃を招いたのか」の中で、「WGIPによって刷り込まれた歴史観(南京やマニラにおける日本軍の残虐行為の強調。日本が無法な侵略をした。軍国主義者への責任の押し付け等)が、マスメディア報道や学校教育の主流になってきたのは事実である」としつつも、以下のように述べた。