「洗脳の効果がどのように進行し、今に及んでいるかを実証するのは確かに難しい」

「WGIPの効果や影響が全くなかったと断言することはできないし、だからと言って全てをWGIPのせいにするのも無理があるだろう。(中略)WGIPの影響と、日本人自らの戦争に対する批判的意見が絡み合いつつ、戦後の言論空間が形成されてきたと考えている」


 この主張自体は、今も変わっていない。前述の高橋氏は、占領政策が日本の伝統文化を壊し、日本人の精神を荒廃させ、家庭や学校でもかつての日本には見られなかった事件が多発しているように述べているが、それはあまりにもオーバーではないかと思えたからだ。「戦前の少年犯罪」(管賀江留郎著、築地書館)などによれば、家庭や学校における殺人事件は、戦前も少なくない頻度で起きていたという。

 また、WGIPの日本人への影響を大きく評価する論者は、よくこんな主張をする。

日本の教育そのものが、大東亜戦争の大義を否定し、アメリカ側の「戦勝国史観」と「太平洋戦争史観」を広めるものとして「制度化」されてしまいました。これによって公教育の場で、組織的かつ徹底的に「自虐バイアス」と「敗戦ギルト」の摺り込みが行われ、占領が終わったのちもこれらが永続化することになりました。かくして、日本は「2度とアメリカに立ち向かうことがない国」になってしまったのです。



 有馬氏はこう述べているが、学校教育の日本史・世界史の授業において、それほど強固に戦勝国史観と太平洋戦争史観を植え付けられた人はどれほどいるであろうか。筆者自身の中学・高校時代を振り返ってみてもそのような記憶はない。高校の日本史の授業などは、時間が足りなかったのか、先生が近現代史をすっとばしていた。学校や教師の方針にもよるだろうが、近現代史が重視されないというのは、歴史教育の問題点としてよく挙げられるところだ。

 「『2度とアメリカに立ち向かうことがない国』になってしまったのです」との記述にも違和感がある。戦後、日本人はそれほど覇気のない、ふやけた国民になってしまったのだろうか。反米の動きはなかったのか。そうではあるまい。60、70年安保闘争は反政府・反米運動だったではないか。沖縄でも反米デモが行われていることは周知の事実である。また、保守派の中でも対米自立、自主防衛を良しとする人々もいる。これらのことを思い返すだけでも「アメリカに立ち向かわない国」との規定が一面的であることが分かるのではないか。

 有馬氏は「先の戦争で日本は悪をなした。だから、戦争をしてはいけない。戦争のための戦力を持ってはいけない。戦争はみな悪である、と。これはWGIPマインドセットによる『自虐バイアス』と『敗戦ギルト』の副産物だと考えられます」とも述べている。こうした人々がいるのは確かだが、これをWGIPの副産物とする見方はどうか。単に、その人が思考停止に陥っているか、無知か、「絶対平和主義者」かではないだろうか。
空襲で破壊された大阪市街地=1945年10月
空襲で破壊された大阪市街地=1945年10月
 戦後のあらゆることについて「WGIPのせいだ」と鬼の首を取ったように言うことは、何でも米国に責任転嫁し、日本人自身の責任や主体性を見失うことにつながりかねない。筆者の杞憂(きゆう)であればよいが、そうした一抹の不安が残るのである。