重村智計(東京通信大教授)

 北朝鮮は、朝鮮労働党第8回党大会を新年早々の1月5~12日に行い、最高指導者の金正恩(キム・ジョンウン)氏を党中央委員会総書記に選出した。

 この党大会の演説で金正恩氏は経済政策の失敗を認め、「市場経済導入」と日米との関係改善を強く示唆している。一方で、これまで新たな後継者とされていた妹の金与正(キム・ヨジョン)氏が政治局候補委員から外れ、金正恩氏の「与正離れ」が明らかになった。

 ただ、米朝関係改善に関しては、ジョー・バイデン新政権が核兵器と人権問題に厳しい姿勢を見せており、当面は難しいであろう。さらに金正恩氏は日本への接近を模索はするものの、今年衆院選を迎える菅義偉(すが・よしひで)政権が短期で終わるかどうか見計らっていると思われる。

 そして金正恩氏は今回の演説で「市場経済導入」の言葉は使わなかったが、「価格」「原価」「質」の言葉を繰り返し、「経済改善」を説いた。この3つの言葉は、北朝鮮では「市場経済導入」を意味する。

 だが、日本では、これらの言葉は全く注目されなかった。北朝鮮の社会主義経済は、原価(コスト)を抑え利益を得るのは資本主義的とし、原価と価格は政府が設定する、いわゆる「中央統制経済」と呼ばれる政策をとり続けている。

 そのため、製品価格は原価を割り、たとえ利益がなくとも生産ノルマの数さえ達成すれば評価される。品質が悪く、斜めに傾いたコップでも問題にされない。とにかく目標数量が重要なのだ。

 資本主義経済では「価格」は本来需要と供給のバランスで決まる。金正恩氏は演説の中で、過去の経済政策の「欠陥と障害」を指摘し、「価格」と「原価」「質」を繰り返し強調している。これまでの北朝鮮では「中央統制計画経済」を誇り、指導者の指示に従うのが「主体経済」と理解されていた。

 だが、たとえ金正恩氏が理想を掲げたとしても、国連による経済制裁下での北朝鮮経済は「自力更生」あるいは「自給自足」が現実ゆえに、「市場経済」への転換は簡単ではない。なぜなら旧ソ連はペレストロイカを掲げて市場経済を導入し、崩壊した前例があるからだ。これは金正恩氏にとって、かなり困難な道のりだ。

 市場経済には外国からの投資を呼び込む「開放経済」が不可欠だが、今なお北朝鮮では導入していない。現実は、およそ30年以上前の東欧経済の状況である。

 そして金正恩氏にとって頭が痛いのは、先週発足したバイデン政権であろう。それまで関係が続いていたドナルド・トランプ前大統領が落選したことで交渉チャンネルが途絶し、失望したのは想像に難くない。それでも党大会では外交向けに「対外関係推進」を表明している。これは日米との関係改善を進める方針を示している。

 なお、北朝鮮にとっての「対外関係」とは、日米と欧州を意味する。今回の演説では日本を全く非難せず、言及さえなかったが、これは日本との関係改善を示唆しているものだ。

 韓国については「対外関係」に含まれていない。あくまで「南朝鮮」という扱いである。北朝鮮は韓国を国家として認めておらず、「南朝鮮統一」を国家目標として今なお掲げているためでもある。
軍事パレードに登場した「北極星5」と書かれた新型とみられる潜水艦発射弾道ミサイル=2021年1月14日、平壌の金日成広場(朝鮮中央通信=共同)
軍事パレードに登場した「北極星5」と書かれた新型とみられる潜水艦発射弾道ミサイル=2021年1月14日、平壌の金日成広場(朝鮮中央通信=共同)
 米国との関係については、「核兵器完成」を繰り返し言及した。これは「核兵器はすでに完成したから、核実験は必要ない」という意味であり、核実験を再開しないことを米国に強調している。

 その一方で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や原子力潜水艦、多弾頭ミサイル開発、戦術核兵器の開発やミサイル技術の高度化も演説中で明らかにしている。軍事機密の新型ミサイル開発を明らかにした根底には、米国への「軍縮交渉」を呼びかけがあり、「米国側と交渉したい」という思いを暗に伝えている。しかし、米国は交渉を拒否しており、進展は簡単ではない。なぜならそれを許せば、北朝鮮を核保有国と認めることになるからだ。